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無線 LAN が目指すもの(2)

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省電力 無線LANが目指すもの 家電ネットワーク

前回は「より速く」という視点から無線 LAN 技術の近未来を覗ってみました。しかし、必ずしも「より速く、より強く」という重厚長大な価値観だけが進化の方向性ではありません。「より小さく、より安く、より低消費電力で」という方向もまた、無線技術にとって重要な一つの方向です。今回は少し視点を変えて、「軽薄短小」な無線技術について考えてみます。

WiFi はもともと PC 用として発展してきましたが、小型・低価格化が進んだことで PC 以外への応用が考えられるようになりました。携帯電話では既に WiFi 搭載が当たり前になりつつありますし、TV やプリンタにも WiFi モデルが増えました。デジタルカメラ・ハードディスク(NAS)・メディアプレイヤー(DVD)にも少しづつ WiFi が浸透しつつあります。この傾向はどこまで続き、どんな課題が残されているのでしょうか。

究極的なビジョンとしては、一般家庭の電化製品全て...TV や DVD だけでなく、エアコン・冷蔵庫・湯沸かし器・照明器具に至るまで WiFi を搭載し、手元の携帯電話から全てを制御できるという未来像が語られています(※註)。しかしこのようなビジョンを実現するためには、WiFi には幾つかの課題が残っています。

 

(※註)「何処かで聞いたような話だ」と思われる方もいるかも知れません。「TRON電脳住宅」という言葉や「エコーネット」という言葉を思い出す方もいるかも知れません。このような「一般家庭のデジタルネットワーク化」は、コンピュータ業界30年来の見果てぬ夢です。

 

 

標準プロトコルの不在

冒頭で「WiFi は PC 用として発展してきました」と書きました。これが何を意味するかと言うと、基本的に使い方はユーザーが「見て」判断するということです。WiFi プリンタにせよ WiFi TV にせよ、まず最初にやることは PC 上でブラウザを立ち上げて IP アドレスを打ち込み、機器の WEB ページを見ることです。これは「人間が機械を使う」ぶんには良いかも知れませんが、「機械と機械をつなげる(Macine-To-Macihne; M2M)」目的にはあまり役に立ちません。

IP ネットワーク上での自動検出・機器間制御プロトコルが無い訳ではなく、むしろ多すぎるほどです。SNMP,RPC,SLP, UPnP, WSDP, mDNS, DLNA... 列挙すれば軽く 20 は超すでしょう。しかし小さな「標準」が乱立したに過ぎず、「機械と機械をつなぐ」IP の標準プロトコルは未だ確定していません。WiFi を M2M 用途に使うためにはそのどれか一つに定めるか、あるいは全く新しい「標準」を作り直すか、いずれの選択も一長一短あって簡単ではなさそうです。

 

アクセスポイントの功罪

WiFi 無線ネットワークはアクセスポイント(AP)の存在が前提となっています。AP 不要のアドホックというモードもありますが、色々と不便なのであまり使われていません。この「まず AP ありき」という前提も M2M ネットワークには不適な特性です。

これに対処するため、Wi-Fi Alliance では「Wi-Fi Direct」と呼ばれる新たな仕組みを制定中です。従来「親機(アクセスポイント)」と「子機(ステーション)」という機能が分離されていたものを、用途に応じて子機が簡易 AP(※註) としても振る舞ってちいさな無線ネットワークを動的に作成できる、というものです。

Wi-Fi Direct では前述した接続プロトコル標準化問題も視野に入れており、サービス検索やデバイス間接続も簡易化される予定です。しかし、この部分が具体的にどう標準化されるかについてはまだ不明確なところが残っています。

 

(※註)この簡易 AP 機能のことを「SoftAP」と呼ぶこともあります。

 

低消費電力化

一般的な WiFi モジュールの動作時消費電力は 1.5W 程度(受信時 1W、送信時 2W)で、家電製品などに内蔵される LSI の相場としては非常に高い値です。Bluetooth や Zigbee が 0.1W 未満で動作するのに比べると、一桁以上も多くの電力を消費するわけです。

実はこの数字は 10 年前からあまり変わっておらず、2002 年頃の 802.11b PCMCIA カードでも、最新の PCI-express 802.11n モジュール(シングルバンド)でも平均消費電力はだいたい同じです。LSI 技術の進歩によって回路規模あたりの消費電力は確実に下がっているのですが、WiFi 製品が「PC 用」として消費電力を維持したまま回路規模を増大し、通信速度を高速化する方向に発展してきたことが伺えます。逆に言えば、今の技術で回路規模を制限した(=通信速度を落とした)チップを作れば WiFi でも消費電力を下げられる筈で、GainSpan 社や Microchip 社(旧 Zero-G Wireless 社) は待機時 1mW 以下、動作時 500mW 以下をうたった製品を発売しています。

WiFi の消費電力が大きい理由には他にも送信出力が大きいこと(※註1)や、受信デューティーサイクルが短いこと(※註2)もあります。これに対しては通信状態に応じて送信出力をこまめに制御するだとか、Deep Sleep とか Wake on Wireless と呼ばれる省電力モードを設けるなどの工夫がなされています。

 

(※註1)送信出力は一般的な WiFi で 25mW、Bluetooth や ZigBee では 1mW 程度です。

(※註2)無線回路は受信待ち状態で待機しているだけでも電力を消費するため、電波の交換時間をあらかじめ決めておき、受信予定時間が来るまでは受信回路の電源を切って休眠させることで省電力化を行います。どの程度の間隔で受信回路を動作させるかを「受信デューティーサイクル」と呼び、ZigBee などではこれが WiFi に比べて非常に長く設定可能になっています。

 

低価格化

価格については、半導体は常に「数が出れば安くなる」と「安くなければ数が出ない」というニワトリタマゴの相克のなかにあります。WiFi の主要用途がパソコンの「オプション」としてモジュールであるかぎり、その需要が一定の限界を超えることはなく劇的な価格低下は期待できないでしょう。

これに対して、WiFi チップメーカー各社では製品基盤に直接実装されること(Chip-on-Board, CoB と呼ばれる)を前提とした製品を開発しており、既にその第一世代のチップは携帯電話、携帯ゲーム機、スマートパッドなどへの導入が始まっています。

しかし、「エアコンや冷蔵庫」への内蔵を目指すならば、第一世代の CoB 製品ではまだ不足です。携帯電話にせよゲーム機にせよ、少なくとも一昔前のパソコンなみの CPU 能力は有しています。しかしいわゆる「白物家電」...エアコン、炊飯器、扇風機、冷蔵庫などに使われているのは 30 年前のパソコン程度...8bit や 16bit のマイコンで、オンチップに抱いた ROM/RAM を目一杯に使って動作しています。このような産業用マイコンには外部バスもなければ、WiFi ドライバを組み込む余裕もありません。

第二世代の CoB 製品はおそらく、制御用マイコンの機能と WiFi 通信機能を兼ね備えたものになるでしょう。「メインチップ+通信チップ」の2チップ構成だったものが1チップ化され、これによって画期的な低価格化が実現されるという方向です。ただし、それがどんな性能を持ちどんな市場に投入されるかについて、まだ具体像は見えていません。

 

まとめ

WiFi の家電製品への展開にはこのように課題も多いのですが、今後しばらくこういった動きは活発化してゆくでしょう。パソコン市場が伸び悩むなかで、PC を主戦場としてきた WiFi チップメーカーも新たな活路を求めています。PC 市場とは桁違いに大きいうえに、無線技術の普及率がほとんどゼロに近い家電市場は魅力的な未開拓市場に見えることでしょう。

しかし、家電市場は決して薔薇色の桃源郷ではありません。そこに要求される価格、信頼性/耐久性、簡便さのレベルもまた PC 市場とは桁違いに厳しいものです。また「無線技術の普及率がほとんどゼロ」というのは競合不在を意味しているわけではなく、あまたの無線技術がそこに挑み、何とかこの巨大市場を制覇しようと激戦を繰り広げている真っ最中なのです。次回は「WiFi 以外の無線技術」について、少しお話をしてみようと思います。


 

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