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無線 LAN が目指すもの(4)

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通信距離 無線LANが目指すもの WiMax

前回・前々回と「軽薄短小」な小型省電力無線技術(PAN)についての話題を扱ってきました。今回は再び方向を転換し、「より遠くへ」という話題を扱ってみます。キーワードは「無線 LAN はどのくらい飛ぶのか」「WiMax」「Super WiFi」です。

無線 LAN はどのくらい飛ぶのか

そもそも、無線 LAN はどのくらいの距離まで使えるのでしょうか。これはよく聞かれる質問ですが、使用する機器(の送信電力や受信感度性能)、使用する周波数、設置環境(障害物の有無、直線伝搬なのか、反射伝搬なのか)によって大きく変化するため、一言では答えにくい問題です。一般論としていえば 5GHz 帯より 2.4GHz 帯のほうが長距離を飛び、また回折(回り込み)特性が有利なので障害物のある環境でも伝搬性能に優れます。しかしその一方で 2.4GHz 帯は同じ周波数帯を使う機器(他の無線 LAN 装置、Bluetooth、コードレス電話、自動ドア、電子レンジなど)からの干渉を受けるため、せっかく届いた信号もノイズの海に埋もれてしまって実通信距離が短くなる傾向もあります。

 

理想的条件を仮定すると、WiFi の伝達距離は 2.4GHz 帯で約 100m、5.2GHz 帯で約 40m くらいまでは 54Mbps の性能を維持できる試算になります。通信速度を 6~11Mbps に落として良いのならば、距離はそれぞれ 300m, 140m 程度まで伸びます。(※註)

もっとも、これはあくまで理想的条件下での話であって、実際の条件としては 2.4GHz 帯で屋内(非見通し環境) 25m くらい、屋外(見通し環境) 50m くらい、5GHz 帯はおおむねその半分くらいが速度性能を維持できる目安と考えれば良いでしょう。もちろん、電波干渉があればそのぶん有効通信距離は減少します。

 

(※註)送信電力 14dBm, 受信電力 -76dBm + マージン 10dB, アンテナ利得 0dB に対応する理想空間損失距離を Friis 公式から導出

 

 

WiMax

「WiFi は長距離通信に向かない」ことは改めて言うまでもありませんが、一方には中~長距離のデジタル無線通信に対する需要があります。こういった需要に応える広域ネットワーク(WAN;Wide Area Network)無線技術としては、ここ数年話題になっている WiMax があります。いったい WiMax とは何で、WiFi とは何がどう違うのでしょうか。

 

WiMax はもともと 2004 年頃に IEEE802.16 として制定された、固定局向けの地域無線ネットワーク(FWA; Fixed Wireless Access)でした。ちょうどダイヤルアップ・インターネットにかわり「ブロードバンド」という言葉が爆発的に流行しており、プロバイダと一般家庭をつなぐ「ラスト・ワンマイル」の方法論について喧々諤々と議論されていた頃で、WiMax はその有力候補として注目されていたのです。しかし結局、ブロードバンドの普及は電話線を使った DSL ネットワークがその主役となり、この目的での WiMax は限定的な成功を収めたに終わりました。

昨今推進されている WiMax は、固定局 WiMax から派生した IEEE802.16e と呼ばれる移動体通信規格です。周波数帯は国や地域によって 2~3GHz が使用され、日本では 2.5GHz が使われています。最大伝送レートは 75Mbps ですが実力値は最大 20Mbps 程度と言われています。基地局あたりのカバー範囲は半径 1~3Km ですが、サービスエリア内には充分な密度で基地局が設置され、どこでも利用できると売り込まれてます。ただし地下や建物の奥など、基地局の電波が届かない場所では利用できません。(※註)

 

(※註)当然ながら、地下や屋内にも基地局を設置すれば利用可能になります。このような極小エリア向けに使われる小電力基地局を「フェムトセル」と呼ぶこともあります。

 

WiMax の運用形態やビジネスモデルは、WiFi よりも携帯電話に近いものです。アクセスポイント(基地局)の設置運営は認定事業者のみに許された免許制であり、ユーザーが自分で購入して運用することはできません。基本的には運営事業者(日本では UQ WiMax)と契約を結び、月額固定ないし流量制の契約金を払って利用することになります。WiMax の競合相手もやはり携帯電話で、3.5G とか LTE と呼ばれる既存携帯網での高速データ通信、あるいは 4G と呼ばれる次世代携帯網が主な競合と考えられています。

技術的に見れば LTE, 4G, WiMax には共通点も多く、これらの競合にはキャリア業者間の縄張り闘争的な色合いを濃く感じます。技術的な利害得失よりも、どれだけ基地局に投資してサービスエリアを広げるか、どのように使用条件や料金体系を設定して利用者を獲得するかといったところが勝敗を分けるように思います。

 

 

Super WiFi

「電波のホワイトスペース」という言葉を聞いたことはありませんでしょうか。現在、主要な周波数帯の多くはTV放送を筆頭とする放送事業者の所有資産となっており、一般市民が無免許で利用できる周波数帯は 2.4GHz 帯などごく狭い領域に限られています。しかし放送周波数は一律にべったり使われているわけではなく、地域や時間帯によって使われていない領域があり、これを広義の「ホワイトスペース」と呼んでいます。一方、地上波TV放送のデジタル化に伴って使用停止となるアナログTV放送の周波数(700MHz VHF 帯)のことも「ホワイトスペース」と呼び、むしろ報道などで目にするのはこちらの定義のほうが多いでしょう。

アメリカでは 2009 年の地上波TV放送完全デジタル化に伴い、空き地となったホワイトスペースの再利用方法について議論が交わされました。その中にはこれを一般利用者に開放しようという動きがあり、何かにつけて仲の悪い Google と Microsoft が「ホワイトスペース開放」については珍しく共同戦線を張ったことが大きく報道されました。とりわけ Google 社は熱心で、ホワイトスペース無線 LAN を「Super WiFi」や「WiFi on Steroid」「WiFi 2.0」などと呼び、「個人情報発信に革命をもたらすイノベーション」と絶賛しています。

 

一体、700MHz 帯の何がそんなに凄いのでしょう。理屈からいえば、周波数が低いほど電波は遠くまで飛びます。2.4GHz にくらべると、700MHz 帯は同等出力で理論上2~3倍程度の到達距離を持つはずです。上で述べた理想条件下の試算を適用すれば、11Mbps 程度の速度なら 1Km ほどの通信が可能になるかも知れません。また障害物の裏に回り込む回折効果も期待できるため、一台のアクセスポイントでアパート一棟をまるごとカバーすることができるかも知れません。

...でも、言ってしまえばそれだけです。「今まで出来なかったことが出来る」というより、「今までも出来ていたことがより安く・より簡単に実現できる」ように聞こえますが、それが本当に革命的なことなのか私にはちょっと納得できません。それに、皆が我も我もとホワイトスペース AP を買って据え付けたら、700MHz の電波が溢れかえって干渉だらけになり、せっかくの長距離伝達性能も活かせなくなったりしないのでしょうか?

 

しかし、干渉をただの邪魔者ではなく、干渉波もコミュニケーションの一種だと考えたならば...「基地局」と「子機」を分けるのではなく、全ての子機が基地局としても機能し、干渉波に含まれるパケットを解読し中継して伝達するようなメッシュ・ネットワークを組むことができたなら...それこそ「インターネットに代わる第二の情報通信網」、「個人情報発信に革命をもたらすイノベーション」になるかも知れません。

それは夢のある話ですが、実現は容易ではありません。そのような超広域・超大規模・超分散自律型のメッシュネットワークが果たして実現可能なのかまだ誰にも判りませんし、そのような超分散ネットワークでセキュリティはどのように守られるべきなのかも判りません。だいいち現在のインターネットでさえ、我々は広告業者(スパム)や詐欺師(フィッシング)、自己増殖プログラム(ウィルスやワーム)の氾濫を防ぎきれていないのです。

 

SF的な夢はさて置いおいても、現在のところ Super WiFi の製品化について具体的な動きはあまり聞きません。アメリカでは FCC(連邦通信委員会) が 2010 年 9 月にホワイトスペースの一般利用を承認したというニュースがありますので、それに対応する製品が出るとしてもまだこれから、というところだと思います。Super WiFi が拓く超広域メッシュネットワークを夢見ながら、当面の間はおとなしく契約料を払って LTE か WiMax を使うしかなさそうです。

 

 

まとめ

1992 年頃の Unix Magazine だったと思いますが、小型 Unix ワークステーションに携帯電話とモデムを括りつけ、巨大バッテリーを積んだ自転車に積み込んで大陸横断に出発し、旅の様子をインターネットで実況中継する実験をアメリカの大学教授が行う様子が連載されていました。私としては「なんだか凄くワクワクする話」として楽しみにしていましたが、世間一般の人は「それが一体何の役に立つの?」「お金と時間の無駄」「暇人の道楽」としか受け取らなかったと思います。

それから 20 年ちかい歳月が経った今、海外で見知らぬ街を Google Map 片手に探検し、その様子を Twitter で中継することなど誰でも出来るようになりました。20 年前は「それが何の役に立つの?」だった長距離無線データ通信は、10 年前には「あれば便利なもの」となり、今では「無ければ不便なもの」になりつつあります。

無線通信技術にはこれからもより遠くへ、より多くのデータを運ぶことが望まれ続けるでしょう。その主役が WiMax になるのか Super WiFi になるのか、はたまたイリジウムのような衛星ネットワークが再び脚光を浴びるのか。興味が尽きないところです。

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