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無線 LAN が目指すもの(4.5)

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802.11ad 無線LANが目指すもの

今回は番外編です。
前回 WiMax に触れたとき、2000 年代初頭の「ラスト・ワンマイル」問題を取り上げました。結局 ADSL の一人勝ちという形でこの問題は幕を閉じたのですが、この問題に挑んだ技術の中には忘れ難いユニークなものもありました。ここではその幾つかを紹介したいと思います。鬼が出るか蛇が出るか、それは本文を見てのお楽しみ...。

自家用人工衛星!

これは厳密には「人工衛星」ではなく、都市上空の高高度(20,000m~)に飛翔体を常駐させて衛星がわりに使おうというアイデアで、大気圏内衛星(Atmospheric Satellite)とも呼ばれました。この「大気圏内衛星」構想には太陽電池で飛ぶ飛行機と、ヘリウムを詰めた飛行船という2つの候補がありました。

飛行機案の有力候補は、NASA が 1990 年代から実験していた「ヘリオス(Helios)」と呼ばれる無人飛行機でした。ヘリオスは巨大な全面太陽電池パネルの翼がその大部分をなし、翼の下に申し訳程度の胴体がぶら下がり、前縁には幾つものプロペラがゆっくりと回転しているという異様な形状の機体です。日中は太陽電池で発電し、夜間は充電した電気で飛び続けることで数ヶ月~数年にわたる連続飛行を目指していました。

もともとヘリオスは高高度の気象観測や将来の火星探査機の可能性研究が目的だったのですが、この時期はラスト・ワンマイルの有力候補として注目されました。しかし 2003 年 6 月、ハワイ諸島での試験飛行中に試作機が空中分解して墜落してしまいました。NASA では高高度無人機のプロジェクトを諦めた訳ではないようですが、それをラストワンマイル解決に当てて商用利用しよう、という気運はしぼんでしまったようです。

一方の飛行船には「どうやって夜間飛び続けるか」という問題はありませんが、図体がでかくて速度が遅いので気流に流されやすいとか、気温差によって変化する浮力をどうやって調整するか、どうやって長期間にわたりヘリウムが漏れないよう工夫するかなど独特の問題があります。通信中継用の無人飛行船はドイツの Sanwire 社やイギリスの ATG 社, BAe 社, SkyLink 社などヨーロッパで盛んに研究されていたようですが、実機試験に至った例も少ないらしく、ヘリオスのようなニュースを聞いた記憶もありません。

街の上空数万メートルの高さを飛び続け、天使のように街の声を伝える無人航空機というイメージはSF的で夢にあふれていますが、その実用化はまだ当分先のことになるようです。

 

 

もっと光を...

光を用いた通信といえば光ファイバーと大抵は相場が決まっていますが、大気中に直接光ビームを発射して通信する Free Space Optic Communication という方法もあります。日本でもビル間通信手段などに利用されていますが、この技術をラスト・ワンマイルに応用しようというユニークなプロジェクトがチェコの twibright 社から提案されました。その名も RONJA(Reasonable Optic Near Joint Access)、送受光ユニットが2組で1ペアとなり、最長 1.4Km で 10Mbps の双方向リンクを実現するとされています。

しかし RONJA は 1:1 のシステムです。これを商用ネットワークサービスに応用しようとすれば発信局には契約世帯の数だけ送受光ユニットを設置する必要があり、とても商売になるとは思えません。

実際のところ RONJA は商用サービスを目指したものではなく、「屋根の上に載せるだけで、知り合いの家庭同士に専用の双方向リンクが張れたらいいよね」というような、アマチュア的な動機に基づいて発案されたもののようです。発案元の twibright 社では、RONJA の設計図や回路図やドライバのソースコードを GPL に基づいて無料配布しています(※註)。

 

(※註)http://ronja.twibright.com/

 

 

No New Wire Required

「ラスト・ワンマイル」問題で無線とともに注目されていたのが、電力線を使うデータ転送でした。殆ど全ての家庭には既に電力線が配線されているのだから、そこにデータを一緒に流せば良いじゃん?とは誰でも思いつくことでしょう。実際のところ、電力線データ転送は数十年前から何度も話題に上がってはそのたびに消えていった歴史があり、そしてこの時も例外ではありませんでした。

電力線を用いたデータ転送がなかなか成立しないのは、一見簡単そうでも実現には幾多の困難があるからです。当たり前ですが電力線網は電力を運ぶことを前提に設計されており、そこにデータ信号を流すことは決して容易ではありません。たとえばデータは変圧器を越えませんので、全ての変圧器の前後にルーターを置かなければなりません。その設置および維持コストを考えただけで、はたして他の方式にくらべて「既に配線がある」ことがインフラとしてのメリットになるかどうか少々疑問です。

また、電力用の柱上電線は高周波の漏洩対策など考えていませんので、そこに高周波のデータを流すと少なからぬエネルギーが電波として放出され、それが妨害電波になるという懸念もあります。特にアマチュア無線のユーザーは電力線データ転送に対し断固反対の立場を取っていますし、TVやラジオなど放送事業者も歓迎していないようです。

このような困難にも関わらず何度も電力線データ転送が提案されるのは、それが電力会社にとって魅力的な収入源に映るからという事情もあるようです。電力会社が売り上げを伸ばすためには電力消費の増大が常識的な方向性ですが、それに応じるためには発電所や送電設備増設の必要で、何十億円もの初期投資が必要です。しかし電力需要を増加させることなく、既存の電力線インフラが新たな利益を生み出すとしたら?それはまるで、鶏が金の卵を産むような話に聞こえることでしょう。

 

 

ガス管で行こうぜ!

私にとって「ラスト・ワンマイル」問題への最も意外なエントリーは「ガス管通信」でした。たしかに電話線や電気やケーブルTV同様、ガス管も都市インフラの一つには違いありません。しかしガス管を高速データ通信手段に利用することは、普通ならあまり思いつかないことでしょう。

理論上、中空の金属管は電線同様(時には電線以上に)高周波伝達に適したメディアになり得ます。実際今のような高分子絶縁材が発明される以前、マイクロ波の伝送には導波管という金属パイプが使われていました。しかし、導波管は直径や厚みや材質、設置時の曲げ半径などが精密に計算されて使用されるものです。高周波を流す事などこれっぽっちも考えずに作られたガス管で、高速データ通信なんて出来るのでしょうか。

それを「できる」と言った会社がアメリカ・サンディエゴの Nethercomm 社でした。同社は 2005 年、当時脚光を浴びていた超広帯域無線通信技術(UWB;Ultra Wide Band)を用いれば、ガス管で 100Mbps を超えるデータ伝送網が実現できるとぶち上げたのです。電力線ネットワーク同様、ガス管というインフラの既得権を持つガス会社に対し、魅力的な収益源としての売り込みを図っていたようです。

しかし 2005 年といえば既に ADSL が普及期に入った頃であり、「今更ラストワンマイル?しかもガス管で UWB?」と思ったことを覚えています。どうやらそう思ったのは私だけではないようで、結局この Nethercomm 社は何ら製品らしいものを出せないまま消えていったようです。

 

 

まとめ

宇宙開発、アマチュア精神、金の卵に机上の空論。ラスト・ワンマイル問題に群がった群像はその技術的内容だけでなく、その出自や動機も多岐にわたっています。新たな市場が出現する(かも知れない)とき、そこには様々な目的や思惑を抱いた企業が集まるという一例だったのでしょう。これはラスト・ワンマイルの時に限らず .COM バブルの時にも起きましたし、昨今のスマートフォンやクラウドブームでも目にする現象だと思います。

こういう時、技術屋はとかく技術的内容の優劣比較に走りがちですし、企画屋はビジネスモデルや潜在的顧客数で算盤を弾くことに偏りがちです。新市場の冷静な評価は技術面と企画面の両方から行う必要がありますが、そのバランス感覚は何度やっても難しいものだと思います。


 

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