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無線 LAN と通信距離について(5)

2012年3月27日 09:30
YS
無線LANと通信距離についてお届けしてきたこのシリーズも、今回で一旦区切りとします。最後のお題は干渉についてです。

干渉(Interference)とは、信号同士あるいは信号と雑音が混ざりあって通信を阻害する現象です。ここでは無線LANシステムが直面する干渉の例を幾つか挙げて説明してゆきます。


2.4GHz における干渉


同じ WiFi でも 2.4GHz と 5GHz では干渉度合いが違う、という話を耳にした方も多いと思います。これには (1) 2.4GHz は WiFi 以外にも沢山の機器で利用されている、(2) 2.4GHz はチャネル間で周波数が重なっているという2つの理由があります。

(1) は比較的シンプルな話で、2.4GHz 帯は WiFi だけでなく Bluetooth や Zigbee など他の無線通信、親子電話や駐車場のゲートリモコンなどアナログ変調を使ったシステムにも使われているため、雑音レベルが全体的に高い傾向があります。なかでも、家庭内で深刻なのは電子レンジによる干渉です。無線 LAN が数十ミリワットで動いているのに対し、電子レンジは百ワットを超える文字通り桁違いに強力なマイクロ波を発生します。もちろんシールドされてはいるのですが、無線 LAN の受信信号は -70dBm (0.0001 マイクロワット)といった微弱レベルなので、電子レンジから漏れるマイクロ波は充分強力な妨害になってしまいます。

(2) は少し複雑な事情の絡む話です。2.4GHz 帯には 1~13 までのチャネルがありますが、1チャネルあたり 20MHz を占有するにも関わらずチャネル間は 5MHz しか離れていません。ch.1(2.412GHz) と干渉しない次のチャネルは ch.6(2.437GHz)、ch.6 と干渉しないのは ch.11(2.462GHz) で、2.4GHz 帯で干渉なく使えるチャネルは3つしかありません。ここで誰かが ch.4(2.422GHz) を使えば、それは ch.1 も ch.6 も両方潰してしまいます。

freq24.png
一体なんでこんな事になっているかというと、802.11 無線 LAN (a, b, g, などのサフィックスが付かないバージョン)が最初に規定されたときは「周波数拡散」という通信方式が採用されており、CDMA (Code Division Mutlple Access) 方式に対して高い期待があったからです。


周波数拡散と CDMA


周波数拡散通信には直接拡散(DS:Direct Secuence)と周波数ホッピング(FH:Frequency Hopping)という2つの主要な方式があります。動作原理は若干異なるのですが基本的なコンセプトは類似しており、通信周波数が一定の枠内で時間とともに動きまわるというものです。たとえば Bluetooth は FH を採用していますが、通信占有帯域はわずか 1MHz 幅で、これが 625 μ秒ごとに 2.402~2.480GHz の範囲内 79 チャネルを飛び回る動作をします。
周波数がどういう順序で切り替わるかは通信者同士が事前に交換した情報に基づいて行われ、基本的には疑似乱数で行われます。例えば A⇔B, C⇔D という2つのペアが 10 個のチャネルを持つ FH 方式で通信していたとして、それぞれのペアで異なる順序でチャネルを切り替えてゆく様子を下記に示します。

通信ペア t=0 t=1 t=2 t=3 t=4 t=5 t=6 t=7 t=8 t=9
A⇔B 1 8 4 2 5 9 7 3 0 6
C⇔D 3 7 2 4 5 0 1 9 6 8

この例では t=4 の時のみチャネル 5 が衝突していますが、他の時間には衝突がありません。このように、「通信ペアの増加に従い確率的に衝突が増加する」というのが周波数拡散通信/CDMA の特徴です(※註)。

※註:他には「事前に交換された情報」を知らなければ周波数の遷移パターンも判らないので盗聴が難しいとか、周波数が派手に動き回るのでシンボル間干渉に強く、マルチパスで遅延して届いた信号をレイク回路で分離合成できる、といった特長があります。シンボル間干渉やマルチパスについては前回の話を参照してください。

CDMA 登場以前に使われていた TDMA (時間分割)や FDMA (周波数分割) 方式では、「割り当てる通信の単位」と「収容可能な通信チャネル」が1対1に対応していました。たとえば TV のチャネルは典型的な FDMA 方式で、空きチャネルの無いところに新しい放送局を入れることはできません。既存局と同じ周波数で無理やり電波を流せばたちまち混信して「潰し合って」しまいます。
しかし CDMA 方式では混信が「確率的」にしか発生せず、局を増設してもすぐに致命的な「潰し合い」にはなりません。特にデジタル通信ならば、衝突が稀に発生してもパケット損失を再送によってカバーできるため、限られた周波数帯のなかで多くの通信ペアを格納することができます。この特徴は普及台数の爆発的増加に対して基地局増設が間に合わない携帯電話業界では特に歓迎され、W-CDMA や CDMA2000 といった方式が急速に普及することになりました。

802.11 無線 LAN が 60MHz の帯域内に重なったチャネルを 13 個も並べたのも、携帯電話と同様に周波数拡散と CDMA によって収容台数を増やせるのではないかという期待があったからなのです。しかし、無線 LAN に対しては台数増加よりも高速化に対する要望のほうが遥かに強く、802.11g で OFDM 方式を採用したことで「周波数拡散と CDMA」からはキッパリ決別することになりました。

周波数拡散方式の場合、ある瞬間に占有している周波数帯域(キャリア)は比較的狭く、それが時間とともに一定の周波数範囲内を動き回るというものでした。しかし OFDM では「サブキャリア」と呼ばれる搬送波が複数まとめて一斉に送信されます。たとえば 802.11g の場合、312.5KHz のサブキャリアを 52 本束ねています。これが一斉に送信されるため、OFDM の通信中は 20MHz の帯域がずっと連続して占有されることになります。ゆえに 2.4GHz 帯で 5 チャネル以内に隣接したチャネル同士が同時に通信すると、周波数拡散方式では「時折(確率的に)パケットが衝突して消える」だったのが、OFDM では「確実に衝突して潰し合う」ことになってしまったのです。

fh_spectrum.jpg
周波数拡散(FH)方式における占有周波数

ofdm_spectrum.jpg
OFDM方式における占有周波数

5GHz ではどうなのか


5GHz を使う 802.11a は 802.11g よりも先に規格制定が始まっており、最初から OFDM を使う前提で進められていました。5GHz 帯のチャネルが 20MHz 離して設けられているのはこのためです。このため 802.11a ではチャネル番号が重ならないかぎり、原則として干渉による性能低下は発生しません。(※註)

※註:但し全く影響がないわけでもないので、離せるならば離すに越したことはありません。

freq52.pngしかし高速化に対する要望はますます強く、802.11n では 40MHz 帯域を使う HT40 拡張仕様(俗に「倍速モード」とも呼ばれる)が導入されたため、この機能を使う場合は実質2つのチャネルを占有するのと同じになってしまいました。更に、次の高速化規格である 802.11ac では HT80 や HT160 といった広帯域拡張も考えられており、これらの機能を使おうとすると「通信中は ch.34~ch.48 を全部占有する」とか「誰かが真ん中へんのチャネルを使ってしまうと、広帯域モードが使えない」という事態が考えられ、結局 2.4GHz 帯と同じようなことになってしまいます。比較的広い周波数帯域を長時間にわたって占有する OFDM 方式は、その主要なメリットである高速性と引き換えにデメリットも抱えているのです。


レーダーとの干渉


2.4GHz に対する 5GHz の利点にはチャネル間干渉が無いことに加え、「他の通信機器があまりいない」という特長が挙げられます。しかしこの「あまり」が曲者で、実は多くの国で 5GHz 帯は気象観測レーダーなど公共事業用周波数として使われてきた歴史がありました。802.11a が 802.11g より先に着手されていたのに製品化が遅れた理由の一つには、各国ごとに 5GHz 帯を使用していた既存機関が無線 LAN の普及によって帯域を「汚される」ことを嫌い、周波数帯域の割り当てや法規制との関係を整理するのに時間を要したという事情があります。特に日本では先有帯域との妥協を図った結果、世界標準から半チャネル(10MHz)だけズレた日本独自の J52 規格を採用したため、適合製品が出るまで更に時間を要したというオマケまで付きました。(※註)

※註:悪評の J52 は 2005 年の法改正で廃止され、日本の 802.11a も世界共通となりました。


802.11a の周波数帯は大きく四つに分けられており、その使い分けは概ね下記のようになっています。

チャネル 周波数 通称 主な使用国
ch.36~ch.48 5.180GHz~5.240GHz W52/UNII1 日本、アメリカ、欧州諸国
ch.52~ch.60 5.260GHz~5.320GHz W53/UNII2 日本、アメリカ、欧州諸国
ch.100~ch.140 5.500GHz~5.700GHz W56 日本、欧州諸国
ch.140~ch.165 5.745GHz~5.825GHz UNII3 アメリカ、中国、韓国

これだけでも充分ややこしいのに、更に追い打ちをかけるのが DFS です。DFS とは Dynamic Frequency Selection の略で、802.11a のシステムにレーダーなど既存機器との干渉を検出し、干渉検出時にはすみやかに運用周波数を変更する機能の実装を義務付ける、というものです。DFS の規定は国によって異なり、たとえば日本では W52 には DFS 規定がなく、W53 と W56 には規定されています。一方、アメリカには DFS 規定が(今のところ)ありません。

DFS が無線 LAN システムにとって厄介なのは、チャネルを使用するとき「レーダー等が居ないかどうか」を一定時間(1分)調べてからでなければ電波を出してはいけない、という規定です(※註)。この「チャネルを使用するとき」というのはシステム起動時のみならず、DFS が働いて別のチャネルに移動した後にも適用されます。このため、DFS 帯域で動く 802.11a システムは DFS が働いたとき少なくとも1分、条件が悪ければ(移動した先のチャネルでまたレーダーに引っ掛かったならば)もっと長時間にわたって通信が停止するリスクを抱えています。広帯域を使う 802.11ac では、DFS の影響は更に深刻になることが予想されます。

※註:もちろん、DFS には回路の複雑化や認証費用の増加などコスト面への悪影響もあります。



雨ニモ負ケズ、風ニモ負ケズ

「雨が降ると無線 LAN の調子が悪くなる」という話をよく聞きます。2.4GHz 帯は前述したように電子レンジに使わていますが、電子レンジの動作原理は電波によって水分子を振動させて熱を発生させることです。だから「2.4GHz は水分子との共振周波数であり、ゆえに空気中の水分が増えると減衰率が高まるのだ」という説明をよく聞きますが、実はこれは俗説です。水分子の共振周波数は 22GHz 前後で、2.4GHz だけ特に共振性が高いわけではありません。ただ便宜的に扱いやすかったので 2.4GHz が使われ、電子レンジの普及によって 2.4GHz 帯は雑音だらけとなり長距離通信には使えなくなったので無免許制の ISM バンドとして世界的に開放された、という経緯なのです。水分子の共振周波数ではなく「電子レンジ先にありき」なんですね。また「空気中の雨滴が電波を吸収して...」という話についても、雨滴による減衰は豪雨下でも理論上 2.4GHz で 0.1dB/Km、5GHz でも 0.2dB/Km 程度という話があります(※註)。

※註:出典 http://www.jrc.co.jp/jp/product/wireless_lan/support/faq_asw.html


しかしながら、「雨が降ると無線 LAN がつながりにくくなったり、速度が落ちたりする」という現象を体験された方は多いかと思います。雨滴や湿度による減衰はゼロではないでしょうが、降雨によって電源ラインやアースの絶縁が悪化して放射ノイズレベルが上がったり、屋外設置された無線装置(携帯電話基地局、業務用無線、アマチュア無線など)の遮蔽が悪化して漏洩電波が増えるという要因のほうが大きいのではないかと考えられます。


まとめ
今回は干渉に関する話を、あまり定量的ではなく・かつ散発的にご紹介しました。そろそろネタ切れになってきた、という事情もあります。次回の題はまだ未定ですが、次に続くシリーズが思いつかなければ、読み切りの軽いネタでも上げてみようと思います。



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