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5G携帯のはなし(3)

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規格 技術解説 5G携帯

5G携帯のはなし(1)では各世代ごとの携帯電話通信規格の歴史と概略、(2)では4G-LTEと5Gの通信規格の概略について解説しました。今回はもっと広い視点で見た、通信システムとしての5Gの話です。

前回は5G携帯規格にはてんこ盛りのオプション機能が組み込まれており、接続数や主要ユースケースに応じて適切なチューニングを行う必要があることを解説しました。今後5G網の普及拡大に伴ってユースケースは変化してゆき、また5G規格そのものも機能追加されてゆくことが考えられます。そのたびに基地局に技術者を派遣して設定を変えたり、機器を入れ替えたりはしたくありません。特に伝達距離の短いミリ波帯は、小型セル局を多数(※註1)設置する必要があるため猶更です。

(※註1) 従来の4G-LTE比で4~10倍の密度が必要と言われています。

携帯電話の基地局システムはRAN(Radio Access Network)と呼ばれます。古典的なRANは基地局に設営する専用機材で構成されていましたが、RANの機能を専用機材ではなく仮想化することが提案されており、これをVirtuan RAN(vRAN)と呼んでいます。ものすごく大雑把に言えば、基地局機材に内蔵されるファームウェアとして実装していた網制御の機能を切り離して、外部のサーバ上に実装するというものです。

古典的RANの原理図

古典的RANの原理図
機能と1対1に対応した専用機器で構成されている

vRANの原理図

vRANの原理図
電波を直接扱わない機器が汎用化されソフトウェア実装されている

vRANはSDN(Software Defined Network)NFV(Network Function Virtualization)という2つの(微妙にオーバーラップする)考え方に基づいています。

SDNについて

SDNというのは、ネットワークの機能を「パケットを配送する手段(Data Plane)」と「パケット配送を指示する手段(Control Plane)」に分離して、ネットワーク機器(ルータ・スイッチ)にはData Planeのみを実装し、ネットワークの管理と制御はサーバで一括して行うものです。Control Planeの上には更に「何をどう制御するのか」を指示するアプリケーション層があり、Control Planeを真ん中として「北向き(Northbound)」と「南向き(Southbound)」のインターフェースで分離されています。具体的に例えれば「Data Plane」はインテリジェントスイッチと配線の山で、「Control Plane」は中央制御サーバとその上で動いているサーバプログラム群、「Application Plane」はサーバプログラム群を設定・制御して目的とするネットワーク動作を実現させるフロントエンド、という格好になります。Control PlaneとData Plane間の制御通信はOpenFlowというプロトコルがデファクトスタンダードになっています。

古典的ネットワーク

古典的ネットワーク
回線制御機能を持つ専用機がそれぞれの設定・制御を受け、結果的に協調動作する

SDNの図

SDNの図
回線制御は単機能のスイッチ群(Data Plane)で行い、サーバ上のソフトウェア(Control Plane)からスイッチ群を設定・制御して目的の機能を実現する。Control Planeは更に上位のApplication Planeによって統括管理される。

SDNはもともと多くの機材が集中し、しょっちゅう構成が変更されるデータセンターでのネットワーク管理のために発案されました。2011年に結成されたONF(Open Networking Foundation)のプロトコルOpenFlowがデファクトスタンダードとなり、一時期はOpenFlow=SDNくらいのニュアンスで使われていましたが、SDNの考え方が広まり用途が増えるにつれOpenFlowの独壇場ではなくなっています。

NFVについて

NFVはネットワーク構築に必要な機能をソフトウェア化(仮想化)するものです。NFVの一部である仮想スイッチや仮想ルータはSDNに非常に近いものになりますが、NFVはパケット配送に留まらずファイヤウォールやVPNゲートウェイ、エッジサーバーなどの機能も仮想化します。要するにITルームのラックに並んでいる専用ネットワーク機材をソフトウェアで置き換えよう、というのがNFVです。NFVの具体的構成は各社各様ですが、おおむね「仮想化機能(VNF)」「インフラ部分(NFVI)」「統合制御(MANO)」から構成されています。

NFVの図

NFVの図
NFVI=Data Plane, VNF=Control Plane, MANO=Application Planeに似ていなくもないが、より多岐にわたるネットワークの機能をより広い概念で仮想化している。データ層・制御層の分離はNFVを実現する道具の1つだが、必ずしも必須ではない。

NFVはSDNよりやや遅れて、2013年にETSIが標準フレームワークを発表してから実装が進みました。NFVはSDNとは「似て非なるもの」で、実現する目的もまた異なりますが類縁の技術であり、組み合わせて使われることが多いようです。それゆえにSDNとNFVを区別する線は引きにくく、ネット検索してみると混乱と困惑に満ちています。

vRAN

 

vRANはSDNやNFVを道具として用いて携帯電話の基地局インフラを仮想化し、遠隔集中管理を可能にする構想です。これによって

 

  • チューニングの容易化・定型作業化
  • 機能追加の容易化
  • ソース配分の柔軟化

 

などのメリットが期待できます。

vRANではハードウェア機材の代わりに大規模なソフトウェアパッケージを運用することになるため、一旦導入して運用を開始するとそのフレームワークにがっつり依存することになり、フレームワークごと乗り換えるのは非常な困難が予想されます。また仮想フレームワーク上に実装される機能ユニット(VNF)はマルチベンダーでの相互運用性が求められます。つまりvRANのフレームワークはオープン標準であることが望まれます。

 

携帯電話システムのRANシステム標準化団体は似たような名前が幾つもあって混乱してしまいますが、2021年現時点ではおおむねO-RAN Allianceに集約されています。

 

O-RAN Alliance:

中国系のC-RAN Alliance(2010年 China Mobileの主導で設立)と米欧日韓のxRAN Forum(2016年設立)が2018年に合併した団体です。5GのVRANシステムのインターフェース仕様の標準化作業を行っています。

 

OpenRAN Group:

2016年にFacebookの主導で設立した団体で、Telecom Infra Project(TIP)とも呼ばれます。携帯ネットワークのオープン接続性に関する実装やテストを行っており、5G VRANも含まれていますが必ずしも5G VRANに特化はしていません。

 

Open VRAN Initiative:

2018年にCiscoが立ち上げたプロジェクトで、マルチベンダーのOpen VRANの実装と普及を目指すとしています。必ずしもO-RAN Allianceと競合する規格を作っているわけではなく、Cisco自身もO-RAN AllianceのContributor Memberなので協調路線にあるようですが、Ciscoのサイトでは"Open VRAN"あるいは"O-vRAN"という用語が多用されており、"O-RAN"と似て非なるもののように感じてしまいます。

 

O-RAN Allianceには中国系企業も多く名を連ねていますが、2021年8現在HuaweiはO-RAN Allianceに参画していません。HuaweiはCloud RANと称する独自の5G RANシステムを提案しているようです。

5G RANとエッジコンピューティング

5Gネットワークには多台数接続・短遅延の特長を生かした応用が期待されていますが、多数の子機が一斉に稼働すれば子機~基地局間だけでなく、基地局~サーバ間の容量や遅延がネックになると考えられています。これを緩和する対策の一つとして「エッジコンピューティング」という言葉が流行っています。従来はデータセンターに集中して置かれていたサーバ機能を分散させ、その一部を通信末端に近いところ...要するに基地局に置くものです。

クライアント・サーバ(クラウド型)サービスモデル

クライアント・サーバ(クラウド型)サービスモデル
個々の端末は基地局とバックボーン回線を経由してデータセンターのクラウドサーバと通信する
往復の回線遅延は一定以上には下がらず、バックボーン回線やデータセンターに負荷が集中する

エッジ型サービスモデル

エッジ型サービスモデル
基地局にエッジサーバを置いて処理を分散する
端末側から見れば遅延が少なくなり、
システム側から見れば負荷集中を避けられる

エッジサーバの機能は子機(スマートフォン、監視カメラ、センサネットワークなど)で動くアプリケーションに対応するので、アプリの流行りに応じて柔軟に対応しなければなりません。場合によっては「昼と夜」だとか「平日と休日」によってネットワークの主要トラフィックが変わり、エッジサーバの能力負担もそれに応じて変えたくなるかも知れません。こういう方向からも、基地局の機能をソフトウェアで実装して柔軟に差し替えるvRANとの整合が期待されています。

なお、データセンターに機能を集中配置した「クラウドコンピューティング」に対して、エッジサーバで機能分散したものを「フォッグ・コンピューティング」と呼ぶ向きもあります。フォッグは霧(Fog)の意味で、「雲(Cloud)が降りてきて地表(Edge)にくっついた」というニュアンスなのでしょう。まぁ、これも一種のバズワードでしょうね。

まとめ

端末側は新型機発売などで話題になるものの、基地局の話はどうしても裏方になりがちです。今回の記事も実業務で関わっている訳ではないので具体的な記述が難しく、抽象的な話が多くて茫洋としてしまいました。

携帯電話(スマートフォン)は「あるのが当たり前、動くのが当たり前」な日用品になりました。しかし携帯電話は基地局網が無ければ殆どの機能を喪失してしまいます。かつての携帯普及期には都心部を離れるとすぐに「圏外」表示になったものでしたが、携帯キャリア各社が数十年かけて基地局を拡充してきたので、今ではよほど辺鄙なところに行かないと圏外表示を見ることはなくなりました。

「つながるのが当たり前」になった影響か、創作作品ではゾンビや宇宙人の侵略で文明が崩壊したり、異世界に転生してもスマートフォンで通話やナビ表示ができたりします。「その基地局設備は一体誰が維持運用しているんだ?」とか突っ込むのは野暮というものですが、「充分に発達した科学技術は、魔法と見分けが付かない」というアーサー・クラークの言葉どおり、それだけ携帯電話/スマートフォンが発達普及した証でもあるのでしょう。とりわけ5G携帯ネットワークはよく都市伝説や陰謀論の対象にされているようです。

陰謀論はさて置いても、4G-LTEと5Gは具体的に何がどう違うのか、「超高速」だとか「超高信頼性」という売り文句がどういう技術的根拠で実装されているのか、コンピュータ技術者でも説明できる人は多くないのではないでしょうか。本連載が5G技術の理解の入り口の役に立ったのなら幸いです。

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