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無線 LAN と通信距離について(3)
前回はアンテナの各種とその特性・用途について説明しました。今回は知られているようで知られていない?アンテナカタログの読み方について紹介します。
前回はアンテナの各種とその特性・用途について説明しました。今回は知られているようで知られていない?アンテナカタログの読み方について紹介します。
まず、アンテナカタログの一例を示します。これは架空の 2GHz 帯 5dBi コ・リニア型のオムニアンテナです。
Type | Ommnidirectional Colinear |
Frequency Range | 2000MHz - 2500MHz |
Gain | 5dBi |
Beam Width | E-Plane:30deg H-Plane:360deg |
Max Input Power | 100W |
Impedance | 50 ohm |
VSWR | < 1.8 |
Connector | N-Female |
Windspeed Limit | 200Km/h |
Weight | 185g |
Dimensions | L:150mm D:24mm |
Operating Temperature | -40 to +85 C |
以下、このカタログ項目の読み方とポイントを説明してゆきます。
Type
これは前回説明したアンテナの基本形態を示しています。ただし同じタイプのアンテナでも、メーカーによって指向特性に注目して「オムニ」と書いてあったり、アンテナ構造に注目して「コ・リニア」と書いてあるなどの差異があります。
Frequency Range
アンテナの対応する周波数帯域を示しています。通常は1つの周波数帯だけ(シングルバンド)ですが、2つの周波数に対応するデュアルバンド型や、3つの周波数に対応するトライバンド型もあります。また、特に周波数帯域の広いものを「ワイドバンド」と呼ぶ場合もあります。
Gain
アンテナの最大利得を示しています。あくまで最大感度方向におけるピーク値なので、必ずしも有効角度全域でこの利得が得られるわけではないことに注意してください。例えばこのアンテナでは 5dBi で半値角 30 度ですから、アンテナ中心線から +/- 15 度ずれた位置では 2dBi の利得しか得られないことになります。
Beam Width
E 面、H 面における半値角を示しています。メーカーによっては E, H ではなく V, H(Virtical, Horizontal) と表記している場合もあります。指向特性を示すチャートが付属している場合が多いのですが、このチャートの読み方は別途説明します。
Max Input Power
最大入力電力を示しています。この限界を超えるとアンテナは過熱や放電で破損してしまいますが、無線 LAN の世界では通常 100mW 以下、1W を超えることは滅多にないのであまり心配ありません。
Impedance
インピーダンスを示しています。とりあえず無線 LAN 用では 50 オームという値に一致していれば OK です。
VSWR
定在波比という値で、ケーブルから入力された電力をアンテナがどれだけ効率よく変換するかを示しています。値は小さいほど優秀ということを意味しています。周波数に対する VSWR 値の変化を示すチャートが付属している場合がありますが、この読み方も別途説明します。
Connector
アンテナに接続するケーブルのコネクタ形状を示しています。Male と Female はネジのオスメスではなく、コネクタ芯線のオスメス形状を示しているので注意してください。コネクタの種別については別途説明します。
Windspeed Limit
アンテナの耐える最大風速を示します。走行する列車だとか高いビルの屋上に付けるような用途でないかぎり、通常は心配する必要はないでしょう。
Weight, Dimensions, Operating Temperature
重量、大きさ、動作温度範囲などの表記は他の電子部品と同じです。
指向性チャートの読み方
アンテナの指向性チャートは下記のような図で示されます。
H-Plane はアンテナを真上から見た場合(水平面)、E-Plane はアンテナを真横から見た状態(垂直面)だと考えてください。水平面・垂直面とも 360 度方位に対する電波の放射強度(あるいは受信感度)を示しています。チップアンテナなど三次元的に非対称な特性を持つ機種では、XY, XZ, YZ の3軸に沿ったチャートが提示される場合もあります。
目盛はデシベルで、円の最外周が 0dB、そこから内側に向けて -5, -10dB, -15dB... と刻まれています。これがどういう意味かというと、アンテナの最大利得を基準点として、そこから「何 dB 下がったか」が内側に向けて刻まれているわけです。例えば公称 5dB のアンテナなら最外周は 5dB で、-5 に接する点では 0dB、-10 に接する点では -5dB の利得になります。
指向性の解説対象として、円対称のオムニではなく片側指向性のパッチアンテナを例として、アンテナでの半値角(E-Plane)を示すと下図のようになります。
指向性チャートは「角度に対する強度変化」を中心点からの距離として表記したチャートです。例えばチャート上で水平8の字になっているからといって、電波がそういう形で広がっているわけではありません。チャートを「距離に対する強度」を示した図だと誤解すると、「アンテナはすぐ近くだと感度が弱いが、距離を離すとだんだんカバー範囲が広くなり、ある程度の距離が離れると逆に範囲が狭くなってゆく」という訳のわからない説明になってしまいます。電波はアンテナを中心に先広がりで放射され、どこまで行っても収束したりはしません。電波強度を輝度で表現し、距離に対して電波がどう広がっているかをあえて図示すると下図のようになります。
VSWR チャートの読み方
VSWR は電圧定在波比(Voltage Standing Wave Ratio)の略です。大雑把に言うと「アンテナがどれだけ効率的にエネルギーを変換しているか」を示す指標で、小さいほど良いと覚えておいてください。理論上最小値は 1.0 で、実際のアンテナでは 1.2~2.0 程度です。
VSWR チャートは下記のような図で示されます。多くの場合はアンテナの対応周波数帯域における VSWR を示すグラフと、幾つかの選定周波数点における測定値が記されています。
このチャートを見ることで対応周波数範囲における特性のばらつきを見ることができ、特にマルチバンドやワイドバンドのアンテナでは「どの周波数帯で最も良い特性が出せるのか」「どの周波数帯が苦手なのか」を評価するのに役立ちます。VSWR チャート読み方の一例を下に示します。
メーカーによっては VSWR ではなくリターンロス(dB)で周波数特性を示している場合もあります。リターンロスはアンテナに入力した電力と、アンテナから反射されて返ってきた電力の比率をデシベルで表現したものです。リターンロスは大きいほど性能が良い指標となり、一般的な製品では 10~20dB 程度の値を取ります。VSWR とリターンロスは反射係数ρを介して相互変換可能で、
ρ = (VSWR-1)/(VSWR+1)
ρ = 1/10^(LR/20)
VSWR = (1+ρ)/(1-ρ)
LR = 20*log10(1/ρ)
となります。例えばリターンロス 20dB に対応する VSWR は 1.2 で、VSWR=2.0 に対応するターンロスは 9.5dB となります。VSWR=2.0(リターンロス 9.5dB) のとき反射係数ρは 0.333... で、アンテナに入力された電力のうち 1/3 が「無駄に」反射されていることになります。
アンテナコネクタについて
アンテナコネクタには主として SMA, TNC, N の3種類があり、SMA と TNC には「RP-」が頭に付く変種があります。RP は Reverse Polarity の略で、ネジのオスメスと芯線のオスメス関係が「RP」無しのモデルとは逆になっていることを意味します(※註)。なお、N 型コネクタには「RP」タイプがありません。
一般消費者向けの無線 LAN 機器には小型の RP-SMA が主用されており、業務用 AP などの機器ではより大型の RP-TNC が使われています。N コネクタは元々が軍用規格品(MIL-STD)ということもあって頑丈なため、屋外用の AP やアンテナに多く見られます。
(※註) もともと「RP」型のコネクタというものは存在していませんでした。しかし米国 FCC が無免許制無線 LAN の認可にあたり、アマチュア無線やプロ無線機材と誤接続できない(させない)意図をもって、あえて互換性のないコネクタとして採用を義務付けたのが「RP」という経緯があります。しかし今では両者は混用されており、かえって混乱の種が増えただけになってしまいました。
コネクタの識別については芯線のオスメス以外に、機器に付く側を「ジャック」、ケーブルないしアンテナに付く側を「プラグ」と呼んで区別しています。同軸ケーブルの場合、ネジでくるくる回す輪が付いている側が「プラグ」なので、結果として外見的にオスネジの側が「ジャック」、メスネジの側が「プラグ」になります。「RP」の付かないコネクタであれば「Jack = Female」「Plug = Male」で統一されているのですが、RP-SMA と RP-TNC ではこの対応関係が逆になります。つくづく紛らわしいことだと思います。