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無線屋さんのおしごと(3)

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前回・前々回と「無線 LAN はチップ買ってきて基盤に貼り付けてドライバ入れれば動く、というものでもない」という話をしてきました。しかしこういう話をすると「じゃあ、何をどうすれば『動く』と言いきれるの?」という疑問が出るかも知れません。あるいは「いやしくも国際工業標準規格にのっとって作られている筈の製品に、相性だの互換性問題だのがあるなんて、そんなの何か間違っている」と思われるかも知れません。

無線 LAN の標準仕様は「米国電気電子学会(IEEE)」の定めた規格に基づいています。例えば通称「IEEE 802.11」と言われる無線 LAN については

IEEE Standard for Information technology
Telecommunications and information exchange between systems
Local and metropolitan area networks
Specific requirements Part 11: Wireless LAN Medium
Access Control (MAC) and Physical Layer (PHY) Specifications

という長いタイトルの規格書で定められています。この規格書は全部で 512 ページもあり、電気的特性やら変調精度やら、パケットの定義やらプロトコル状態遷移図やら、微に入り細をうがって記述されています(※註)。そんな立派な規格書があるのなら、世の中の無線 LAN 製品すべてがこれを厳守している限り、相性問題だの互換性問題だのは出ない筈ですね。...しかし幸か不幸か、現実に出ている製品では、IEEE 規格を 100% 間違いなく厳守して実装した製品というのは稀なのです。

(※註)厳密に言えばこの仕様書は 1~2Mbps の元祖 802.11 に関する仕様で、11Mbps の 11b や 54Mbps の 11a, 11g については高速化部分に関する追加仕様が別途定められています。

この「規格違反」というのがどういう原因で起こり、それがどのように見えるかというと大きく3種類に分けられます。

(1) 無線 LAN チップに存在する実装バグ(エラッタ)
(2) 無線 LAN チップから出力される電波のアナログ的な規格違反
(3) 無線 LAN チップを駆動するドライバの実装バグ

(1) は LSI チップの設計に起因する問題で、同じ型番のチップでもロットによってエラッタの有無が異なる場合もあります。重大な不具合は出荷以前にほとんど発見・修正されますので致命的問題になることは稀ですが、一旦市場に出てしまうと LSI 内部の回路は修正できません。こういう場合、大抵はドライバにエラッタ対策のコードを入れての回避が試みられます(チップに内蔵されている機能をあえて使わずソフトで代替処理するとか、チップが無応答になったとき強制リセットをかける、など)。この手の不具合は回避処理がうまく動作している限りユーザの目には見えませんが、チップ本来の性能を活かしきれないため、カタログ通りの速度が出ないような現象として発現します。

(2) は LSI 本体ではなく、そこから出力される高周波信号をアンテナまで導くアナログ回路や基盤パターンの設計・実装に起因する問題です。ここの設計がキチンとできているかどうかによって、同じチップを同じように実装した製品同士でもノイズの大小によって受信感度に差が出たり、あるいは意図的に出力を下げなければ不要輻射を規定レベルに収められない(電波認証が取得できない)という問題になります。その結果、カタログスペック上では同等性能のはずの製品同士なのに、実運用においては通信速度や距離などの性能に差が出るという現象として発現します。

(3) はドライバソフトウェアの実装に起因する問題で、最も多く問題が出るところです。たとえば無線パケットヘッダ情報として規定上は「0」でなければならないビットが、特定条件下で(たとえば再送時)「1」になるような不具合です。この場合、一回目の送信が成功すればアクセスポイントに接続できるのに、一回目の送信が失敗すると再送パケットでは接続できないという現象が発生します。しかしAP側でもその異常ビットをいちいち検査しエラー扱いとするか、無視して受け入れるかの実装違いがあるので、「A社のAPには常に接続できるのに、B社のAPには稀に接続できないことがある」という風に発現します。

いずれにせよ、「相性」や「互換性問題」は無線 LAN 製品の設計・実装が完全に規格通りでないことに由来しています。立派な規格書があるのにどうしてそうなるんだ、IEEE の責任者出てこい!と思われる方もおられるかも知れません。これに対する答えは、

「IEEE は仕様を制定するだけで、製品の実装を検証する義務も権利もありません」

ということです。製品の動作を 500 ページ以上もある仕様書と照らし合わせ、全ての動作が規格通りであることを確認するのは大変な作業です。弊社でチェックリストを作成した例では、パケットフォーマットの検証だけで 617 項目に及びました。膨大な種類の新製品が毎月のように発売される無線 LAN 全製品に対し、そんな検証を行う資金も人員も時間も IEEE にはありません。製品を規格通りに実装する責任は、その製品を製造・販売しているメーカ自身にあるのです。
しかしメーカも限られた納期とリソースで仕事をしていますから、全ての製品に対して完璧を期することはできません。結果として「相性」や「互換性問題」を抱えた製品が市場に漏れ出してしまうことになります。

こういった問題は無線 LAN が市場に投入されだした初期(1998 年以前)には特にひどく、同じ「802.11 規格準拠」をうたった製品でもメーカが違うとまるでつながらない、という様相を呈していました(※註)。無線 LAN 普及のためには互換性・接続性の確立が欠かせないものとして認識され、それを保証する業界団体として Wi-Fi Alliance が設立され「Wi-Fi 認証ロゴプログラム」が発動することになります。

(※註)元祖 802.11 規格では、同じ 2.4GHz 無線でも互換性のない「DS 方式」と「FH 方式」の2種類を認めていたことが更に混乱に拍車をかけていました。

では Wi-Fi 認証ロゴとは何なのか、次回はその辺のおはなしを致しましょう。


 

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