Wireless・のおと

無線屋さんのおしごと(1)

ブログ

我々サイレックス・テクノロジーは、無線LAN製品の開発販売を行っています。詳しくいえば、「組込み機器の無線LAN対応」、すなわち、パソコン以外のマイクロコンピュータ応用機器に無線機能を組込む、というところに企業価値を主張しています。
しかし、それは具体的にどのような作業なのでしょうか。 単純に考えれば、パソコンも組込み機器もマイコン応用機器の一種に過ぎないのですから、必要な作業は同じはずです。 すなわち、チップメーカから購入した無線LANのチップを基盤に実装し、メーカから提供されている(あるいはオープンソースの)ドライバをファームウェアに組込めば、無線LAN機能なんてすぐに動くようにも思います。
一体なぜそうならないのか、なぜ我々のような「無線組込み屋」という稼業が成り立つのか、ここではそういった話を進めてゆきたいと思います。

まず、「無線LANのチップを実装し」という段階で、どのメーカの何というチップを使うかという選択が必要になります。 適切なチップ選定のためには、実現すべき性能要件...価格、無線規格(a/b/g/n)、インタフェース(バス規格)、実装面積、消費電力、速度性能、通信距離性能などを整理する必要がありますが、高速で距離性能に優れたチップは、高価で消費電力が大きく、実装面積が小さく低消費電力のチップは速度性能に制限があるなど、これらの項目は往々にして相矛盾します。
限られた選択肢のなかで、何をどう組合わせれば最良の選択が得られるか、顧客のユースケースを把握し、要件を整理して優先順位を付け、適合する候補について価格・性能・納期などの試算を提示するコンサルティング的な業務が大きな比重を占めます。 初期における要件把握と方針決定が重要なことは全ての開発業務に共通ですが、無線技術には特有の制約やトレードオフ条件がありますので、これを判りやすく顧客に説明し、相互が納得できるかたちでソリューションを決定することが特に重要となります。

次に、「チップを基盤に実装し」という段階では、無線製品に特有の困難がつきまといます。 無線LANは、基盤にパターンを作って半田付けすれば常に一定の性能が実現できるものではなく、配線パターンの太さや曲げ具合、基盤の材質や厚さ、周辺回路との相互干渉などによって性能特性が変化するからです。しかも、無線製品は、その電波の発信特性が一定の基準(TELEC, FCC など、各国の電波監理省庁が定めた規格)を満たさなければ合法的に販売することが認められません。規格と性能が両立するようにチューニングするためには、各種測定器と、測定結果に応じて回路を微調整するノウハウが必要です。チューニングには基盤を何度も作り直す必要があるため、それなりの時間とコストがかかります。
このような事情があるため、通常は USB, SDIO, miniPCI, PCIe などの形状でチューニング・規格取得済みの「無線モジュール」として完成させ、これを製品に組込むという形態を取ります。 一般的に、製品基盤に無線チップを直付けするのは、開発費を余分にかけてでも単価を削ったほうがトータルメリットになる場合、すなわち、かなりの販売数量が見込める場合に限られます。

もっとも、無線モジュールには市販品もあります。特に、USB ドングル型の無線モジュールはパソコン屋さんの店頭で安価に販売されており、それを買ってきてUSB ポートに挿したら無線LAN なんてすぐ動きそうな気がします。市販の無線モジュールがこんなに安いのに、なぜ工業用のモジュールはこんなに高いのかとよく言われます。
PC用オプション製品が安価なのは、大量ロットの一括発注で生産されているという事情があります。 専用の生産ラインを確保し、大量の部品を一気に流して生産するので単価が安くなるのですが、その生産体制は、数ヶ月で切り替わってしまいます。次回発注時には、もう以前のやり方で作っても利益を得られなくなっており、よりコスト競争力のある別仕様で生産することもしばしば行われます。 このため、同じブランド・同じ商品名で発売されている製品でもロットによって製造工場や細部仕様が異なることが多く、使われているチップのメーカや型番など根本仕様まで変わることがあります。
つまり、例えば「WLUSB-054G-A01」という市販品が、たまたま要求仕様に適合しており、これを使う前提で製品を設計し性能仕様検証をしたとしても、量産時には「-A02」や「-B01」にマイナーチェンジされていて「-A01」は入手不可能になっているかも知れません。 パソコン周辺機器のメーカにとって、パソコンに挿して同じように動きさえすれば「同じ商品」なのであり、ロットやレビジョンの異なる製品が同じ性能仕様であるどころか、直接互換性があることすら保証してくれないのです。

また、アンテナの変更や外部アンテナの追加などの要求に対して、これらPC部品メーカは、まず取り合ってくれません。ならばと自分で勝手に配線を追加したりアンテナを外付けした場合、厳密に言えば電波法違反になります。 無線LANは、そもそも国が定めた基準性能で動作することを前提として無線局の申請や免許の所持を除外されている(技術基準適合証明)のですから、電波性能に関わる変更を施すことは「不法改造」になってしまうのです。 変更を施したあとで再測定を行い、その性能が基準値以内に入っている証拠を添えて申請すれば合法的に運用できますが、この作業には、それなりの装置・設備・知識が必要です。更に、この基準は「国が定める」ものですから各国ごとに異なり、輸出を前提とした製品の場合は、仕向け先ごとに適切な規格の認証を取得しなければなりません。 無線規格は数年ごとに改定されますから、常に最新の情報を把握しておくことも必要です。

ここで一旦まとめると、我々無線屋さんのおしごとは、

・目的仕様に即した部品の選定
・小ロット、長期供給に対応した無線モジュールの製造供給
・カスタマイズ要求への対応と、それに応じた規格認証の取得・申請

といったところになります。 しかし、これはまだハードウェアに関するお仕事だけです。 ソフトウェア面でどのようなお仕事が必要なのか、次回は、それについてのお話をしようと思います。


 

組込み無線LANモジュール製品ページ

関連記事

製品のご購入・サービスカスタマイズ・資料請求など
お気軽にお問い合わせください