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5G携帯のはなし(1)

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規格 技術解説 5G携帯

諸般の事情で3年ほど休止していた本ブログ「Wirelessのおと」を再開することになりました。最初の話題は今話題騒然?の5G携帯です。第一回では5Gの話題に入る前に、1G~4Gまでの携帯電話の歴史を軽く振り返ってみようと思います。なお、電話系の話題にはやたらめったら略語が使われるので、文中ではいちいち解説せず巻末にまとめて示します。

1G、携帯時代の幕開け(1984-)

近代的な携帯電話(Mobile Phone)、いわゆるセルフォン(Cell Phone)はマーティン・クーパー(Martin Cooper)によって1970年代に開発され、1984年に市販されたモトローラ社のDynaTAC 8000Xというモデルでした。通信網システムはAMPSと呼ばれるアナログ式で、複数ユーザーの共存は周波数でチャンネルを分けるFDMA方式が使われていました。これが後に第一世代、1Gと呼ばれることになる携帯電話のシステムです。

1G携帯以前の無線通信システムはゼロ世代(0G)と呼ばれることもあります。0Gと1Gを分けたのは「セル」システム、つまり子機同士が直接電波を交換するのではなく基地局を介して通信し、通話中にも途切れることなく基地局切り換えができる(ハンドオーバー)能力でした。基地局間の接続(バックホール)は有線回線で行われ、これによって子機は小さな(最寄りの基地局と通信できればいい)出力でも長距離の通話が行えるようになり、低出力のため干渉範囲も小さくて済み、面積あたりより多くの回線を収容できるようになったのです。

2Gの登場、デジタル化(1992-)

 

単純なFDM方式はチャンネルの数(=割り当て周波数帯域÷回線帯域)で最大収容本数が定まってしまいます。一部エリートの持ち物だった携帯電話が普及するにつれ、1G基地局は回線容量が不足するようになりました。周波数は有限かつ高価なリソースなので簡単には増やせません。限られた割り当て周波数範囲内で回線本数を増やすためにはデジタル化が必須で、こうして生まれたのが2G携帯でした。デジタル化と言ってもこの頃はまだ音声通話が主要ユースケースで、デジタルデータ転送(ネットへの接続)は「ついで」扱いでした。

2G携帯には2つの標準が生まれました。CEPTで開発されたGSM方式と、米国Qualcomm社が開発したcdmaOne方式です(※註1)。GSM方式は周波数シフト変調のGMSK、周波数チャンネル分割に加えて1チャンネルを時分割して複数チャネルを乗せるFDD-TDMA方式です。いっぽうのcdmaOneはQPSK変調波に周波数拡散(DSSS)を施し、拡散パターンを違えることにより同じ帯域内に複数チャネルを共存させるCDMA方式を採用しました。

性能的にはGSM、cdmaOneともにデータレート10Kbps程度です(※註2)。GSM方式は登場が早かったこともあり世界中に普及しましたが、アメリカ・日本・韓国ではcdmaOne方式が主流になりました。

 

(※註1) cdmaOneは「2.5G」と分類されることもあります。

(※註2) デジタルデータの下り側の目安です。携帯電話は音声とデータが別帯域だったり、データも上がりと下りで速度が違ったり、地域やキャリア会社によって性能上限が違ったりするので無線LANと違って「何Mbps」という数値は出しにくいのです。今後登場する速度性能値もあくまで目安です。

3Gの登場、深まる混迷(1998-)

90年代はインターネット躍進の時代で、携帯電話にも「持ち歩ける電話」だけでなく「持ち歩けるインターネット回線」としての性能が求められるようになりました。時代の要望に応えてデジタルデータの高速化を主眼に開発されたのが3G携帯ですが、少なくとも4つの標準規格が併存し、しかもそれぞれの規格がそれぞれに段階的な性能向上を行い「3.5G」「3.75G」などと称したので、非常にわかりにくくなっています。

 

3Gの代表はW-CDMA方式で、この規格には日本のNTT Docomo社が深く関わりました。基本原理はFDD-CDMA方式で、データレートは2Mbps程度です。W-CDMAのデータレート拡張はHSPAと呼ばれ規格上最大16QAMで14Mbps、更に高速化したHSPA+という拡張では64QAM変調が取り入れられて最大21Mbpsになりました。

 

W-CDMAのライバルとなったのが米Qualcomm社のCDMA2000方式です。cdmaOneの拡張規格であり、基地局設備の流用が効きdmaOne子機の共存が可能なことなどを売りとしていましたが、当初のデータレートは規格上153Kbpsとかなり低めでした。CDMA2000のデータレート拡張はEV-DOと呼ばれ、Rev.0がQPSK 2.4Mbps、Rev.Aが16QAM 3.1Mbps、Rev.Bではマルチキャリア拡張で 14.7Mbpsです。Rev.Cは最大280Mbpsを予定しており、後にUMBと改称して4G標準の座を狙いますが、後述するLTEとの競争に負けて引っ込められました。

 

EDGEは広く普及していたGSM方式を拡張しデータレートを向上した3G規格です(※註3)。データレートは384Kbps、これも後でEDGE-EVOと称するデータレート拡張を行い、32QAMで1Mbpsを実現しました。

 

中国で開発された3GがTD-SCDMA方式で、データレートは350Kbpsと伝えられます。3GPP標準に含まれていますが実質中国ローカルな規格で、他の方式に比べると情報が少なく詳しいことがよくわかりません。しかし90年代に中国が携帯電話の規格競争に参画したことは押さえておくべきポイントです。

 

GSMが普及していた地域では、子機互換性があり基地局の流用が効くEDGEが3Gとして普及した一方、日米はW-CDMAとCDMA2000の壮絶な戦場になりました。日本ではNTTドコモとソフトバンクがW-CDMA・KDDIと沖縄セルラー(au)がCDMA2000を採用しています。また段階的に行われたデータレート拡張規格には「3.5G」「3.75G」などの呼称が与えられましたが、用語と規格の対応関係はキャリア会社や地域によって異なったので、ますますわかりにくくなりました。

 

(※註3) GSMのデータレート拡張にはEDGE以前にGPRSという方式があり、これを2.5Gと称することもありますが割愛します。

4Gへの道(2009-)

4G標準はより高速なデータ通信速度の実現と、乱立してしまった標準規格の再統一が目論まれていました。しかし統一4G規格の成立には時間を要することが想像されたため、3Gシステムに上乗せして延命するための高速データ通信拡張規格が作られました。これは当初「本物の4G」が登場するための中継ぎだったので「3.9G」あるいは「3.95G」とも呼ばれ、あるいは3Gの長期的発展という意味でLTE(Long Term Evolution)とも呼ばれました。

LTEでは無線LAN(Wi-Fi)で既に使われていたOFDMをベースに拡張した、サブキャリア分割で複数回線を抱き込むOFDMA(下り)と、複数サブキャリアを束ねて1搬送波として使うSC-FDMA(上り)が採用されました。データレートは規格上最大300Mbps。回線分割にはTDDとFDDの両方が定義されており、割り当て周波数やキャリア会社の都合によって使い分けます。

LTEは全ての3G標準(W-CDMA,CDMA2000,GSM/EDGE,TD-SCDMA)と互換性が無く、音声通信時とデータ通信時では同じ周波数バンドで全く異なる変調方式を使い分けることになります。もっとも2014年頃からは音声通話もLTE上で通すVoLTEサービスが始まっており、これは5Gへの布石にもなっています。

2000年代はQualcommのUMBやPHS出自のXGP、インテルが推進した広域無線LAN WiMAXが「我こそは次世代高速デジタル通信の標準なり」と名乗りを挙げて一時期は乱戦の様相を示しましたが、既存携帯キャリアがそのまま使えるLTEの普及は早く、スマートフォンの登場と普及が更に拍車を掛けて他方式を圧倒しました。LTEの普及に伴い「本物の4G標準」はだんだん機運を失ってゆき、LTEを「4G」と呼ぶキャリアも現れはじめ、遂に2010年にはITUが「LTEを事実上の4Gとする」という見解を発表して「LTE=4G」は公認となりました。「本物の4G」として企画されていた次期統一高速通信規格は、「5G」として改めて仕切り直すことになります。

5G登場(2019-)

やっと本命の話になります。5G規格では更なるデータレートの向上(目標値20Gbps)が求められましたが、既存の周波数割り当て範囲内(400M~2GHz)でこれを実現するのは極めて困難(事実上不可能)と考えられました。そのため5Gでは周波数割り当ての大幅拡張が必要となり、2.5~4.5GHzの通称「Mid Band」と25~52GHzの通称「High Band」を新たに使用することになりました(※註4)。例によって例のごとく、実際に使われる周波数は地域やキャリア会社によって異なります。

5G規格ではOFDMに代わる新変調方式も検討され、特にFBMC,UFMC,GFDMの3方式については幾つもの論文でその利害得失が示されました。さぞかし激論があったはずですが、これら新変調方式は計算量(実装コストと消費電力)の増加に比して際立った性能向上は望めないと判断され、5G標準では4G-LTEと基本原理が同じCP-OFDMAが採用されています。ただし「基本原理が同じ」というだけで直接互換性はありません。また上りフォーマットは4G-LTEと同じSC-FDM(※註5)の他に、下りデータと同じCP-OFDMも使用可能になっています。

広告やマスコミ記事では5Gを「超高速を実現する画期的な新技術」として取り上げることが多いですが、5Gに使われている基本技術は4G-LTEと同じで、高速性については拡張された周波数帯域...とくに広い周波数帯が使えるミリ波帯(28GHz)に依存しています。米国ではT-Mobile社が28GHz基地局の設営に熱心で、他社の5Gと差別化するため「Ultra Wideband(UWB)」と称しています。(※註6)

28GHz帯は直進性が強く遮蔽物はほとんど透過も回り込みもしないので、子機から基地局アンテナが見通せなければ性能は激減します。建物の多い市街地では交差点毎に基地局を設営しなければデッドスポットだらけになるし、地下街やビル室内で高速接続サービスを提供するには多数の超小型基地局(フェムトセル)が必要になるでしょう。2019年には「とりあえず人の集まるイベント会場やショッピングモール等に28GHz基地局を設置して5Gの速さを印象付けることから始まるだろう」と予想されていたのですが、2020年のCOVID-19騒動で「人の集まる」イベントは軒並み中止されてしまい、5G陣営にとっては出鼻を挫かれた格好になりました。

 

(※註4) 「通称」と書いたのは、5G標準では6GHz以下のFR1(Frequency Range 1)とそれ以上のFR2に分類しており、Low, Midという分類は公式ではないからです。

(※註5) 5Gの文脈ではDFT-s-OFDMと書かれることが多いですが、基本的に同じものです。

(※註6) UWBという用語は2000年代初めに超低出力広帯域無線通信方式(3~10GHz, -41dBm/MHz)に使われた過去がありますが、今更こんなのを覚えている人も居ないだろうということなのでしょうか。

まとめ

振り返ってみると、携帯電話はほぼ10年毎に世代交代してきたことになります。1Gと2Gでは音声通信が主要ユースケースだったのが、3G以後はデータ通信メインになっていったことも改めて印象的です。

5Gは4Gからちょうど10年後に設営が始まりましたが、当初検討されていた新変調方式が不採用になったため、技術的な新規性は少ないです。しかも初期の5G基地局は4G LTEの回線交換機能を上乗り利用するNSA方式が主流なので技術屋的には「4.5G」と呼ぶべきじゃないかとも思うのですが、3.5Gや3.75Gで消費者を混乱させた反省があるのか、携帯業界は「5G」という用語にこだわっているようです。

次回は5Gについてより詳しく解説してみようと思います。

 

今回登場した略語一覧

ITU: International Telecommunication Union (国際電気通信連合)
CEPT: European Conference of Postal and Telecommunications Administrations (欧州郵便電気通信主管庁会議)
AMPS: Advanced Mobile Phone System
GSM: Global System for Mobile communication
GPRS: General Packet Radio Service
EDGE: Enhanced Data rates for GSM Evolution
HSPA: High Speed Packet Access
EV-DO: EVolution Data Optimized
UMB: Ultra Mobile Broadband
FDMA: Frequency Division Multiplexing Access
TDMA: Time Division Multiple Access
CDMA: Code Division Multiple Access
FDD: Frequency Division Duplex
TDD: Time Division Duplex
DSSS: Direct Sequence Spread Spectrum
GMSK: Gaussian Minimum Shift Keying
QPSK: Quadrature Phase Shift Keying
QAM: Quadrature Amplitude Modulation
OFDM: Orthogonal Frequency Division Multiplexing
OFDMA: Orthogonal Frequency Division Multiple Access
SC-FDMA: Single Carrier Frequency Division Multiple Access
DFT-s-OFDM: Discrete Fourier Transform - spread - OFDM
FBMC: Filter Bank Multi-Carrier Modulation
UFMC: Universal Filtered MultiCarrier
GFDM: Generalized Frequency Division Multiplexing
XGP: eXtended Global Platform
UMB: Ultra Mobile Broadband
UWB: Ultra Wide Band
LTE: Long Term Evolution
VoLTE: Voice over LTE
NSA: Non Stand Alone

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