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Bluetooth 5 のはなし

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規格 技術解説 Bluetooth 通信距離

前回に引き続き無線規格の話題です。2016 年 6 月 16 日、Bluetooth SIG から Bluetooth 次期標準「Bluetooth 5」が公式に発表され少々話題をかもしました。今回はその Bluetooth 5 に絡むおはなしです。

Bluetooth 5 とは

Bluetooth 5 は Bluetooth 4.2 に続く Bluetooth 仕様のアップデートです。Bluetooth 5 では従来 1Mbps 固定だった LE に 2Mbps の倍速モードが追加され、メッシュ機能が取り入れられて通信可能距離は従来比約 4 倍となり、またペアリング不要の一方向通信(Connection less broadcast)の容量が従来比約 8 倍になる、と発表されています。

Bluetooth のメジャーバージョンが上がるのは 4.0 以来の 6 年ぶりになります。Bluetooth の歴史上、新しい PHY 層が導入される度にメジャーバージョンを上げてマイナーバージョンを 0 にリセットする慣習がありました。
 

1.0 1999/12/01 最初のバージョン
1.1 2001/02/22 誤記訂正
1.2 2003/11/05 AFH, ESCO
2.0 2004/10/15 EDR 高速モード(2Mbps, 3Mbps)
2.1 2007/07/26 SSP ペアリング
3.0 2009/04/21 +HS 高速モード(Bluetooth over WiFi)
4.0 2010/06/30 LE モード
4.1 2013/12/03 LE L2CAP Connection Channel (IPv6 over Bluetooth)
4.2 2014/12/02 LE Secure Connection, LE Data Packet Length Extension


今回の「Bluetooth 5」も「2Mbps LE PHY」が採用されたことが 4.3 ではなく 5 になった理由のようですが、今回からマイナーバージョンを廃止して「Bluetooth 5.0」ではなく「Bluetooth 5」になるとも言われています。Bluetooth 4.2 が 4.1 発表からほぼ1年後という短い期間で制定公表され、ユーザー側に「これって 4.2 対応機器が出るまで待ったほうがいいの?」というような混乱を引き起こしたことに対する反省なのかもしれません。

Bluetooth 5 報道の混乱

SIG からの正式発表前、 IT ニュースサイトなどで Bluetooth 5 の事前情報が流れていましたが、「速度4倍・距離2倍」だとか「6 月に正式仕様公開」などと書かれていました。前者については Bluetooth SIG の Mark Powell 氏がブログで「Quadruple speed, twice range」と誤記したのが英文 IT ニュースサイトで子引きされ、その記述を日本のニュースサイトが孫引きして誤情報が拡散したようです。後者については単に「リリース」という言葉の解釈間違いでしょう。6 月 16 日に SIG が発表したのは「Bluetooth 5 が制定されるという公式発表」であって、仕様書そのもの(Core Spec 5)はいまだ一般公開されてはおらず、2016 年末~2017 年初頭にかけて開示されると発表されています。

さて誤記は別にしても、「速度2倍・距離4倍」という記述は必ずしも「4倍の距離を2倍の速度で通信できる」という意味ではありません。近距離ならば2倍のデータレートが適用でき(だがスループットも2倍になるという保証はない)、最大通信距離が4倍になる(速度がどれだけ保証できるとは言及していない)、と読むべきです。
このブログで何度も書いてきたように、無線通信における通信距離と送信出力(≒S/N 比)、情報密度(=情報伝達速度)と占有帯域はフリス公式とシャノン方程式という「お釈迦様の掌の上」でのトレードオフの関係にあります。パワーも占有帯域もそのままに速度2倍・距離4倍が実現できるなら誰も苦労しません。以下はそういう視点から Bluetooth 5 の「新機能」について論じてみます。記事執筆時点ではまだ正式な仕様書が公表されていないため、以下の記述は状況証拠と関連情報からの推測になります。

x2 speed

Bluetooth Classic では 2.0 の時代に 2 倍・3 倍速の EDR (Enhanced Data Rate) モードが実現されていました。これは 1Mbps BDR モードの GFSK 変調(1bit/シンボル)に代えて QPSK 変調(2bit/シンボル) および 8-PSK 変調(3bit/シンボル)を採用することで実現したもので、回路規模の複雑化(≒消費電力増加)・ノイズ耐性の低下(≒通信距離の低減)と引き換えにしたものでした。
これを知っていれば Bluetooth5 の倍速モードも「Classic で使っていた EDR PHY を LE でも使えるようにするんでしょ?」と思うところですが、それにしては3倍モードが無いというのは変です。Bluetooth5 の Core Spec はまだ正式公表されていませんが、情報を漁ってみると 2Mbps LE モードは以前に Broadcom 社が独自に実装したものを SIG が取り込んだものらしく、PSK 変調は使わず GFSK 変調のまま変調速度を 1MHz から 2MHz に増やすことで実現したようです。
変調速度を上げれば占有帯域は増加し、チャネル間干渉や割り当て帯域からのはみ出しにつながるので、従来規格との上位互換性を維持した通信速度向上には普通は用いられません。しかし Bluetooth の場合、Classic 仕様では 1MHz 間隔 79 本あったチャネルを 4.0LE で 2MHz 間隔 40 本に減らしているので、2MHz 変調にしてもチャネル間では干渉しない理屈になります。
しかし 4.0LE で 2MHz 間隔チャネルを採用したのは「チャネル周波数の精度要件を下げて低価格化しやすくする」という目的があったはずで、それを 2MHz 帯域に上げたら精度要件は厳しくなって当初の目的と矛盾するんじゃないの?と思いますし、既に Classic EDR で実績がありデュアルモードのチップにはほぼ確実に実装されている PSK 変調を「なかったこと」みたいにスルーするのはどうよ?という気もします。Bluetooth SIG としては Classic 規格自体を「なかったこと」にして LE に一本化したいのかも知れませんが...良きにつけ悪しきにつけ、一度世に出て広まってしまった規格はそう簡単に消えてくれたりはしないものです。WiFi だって 2.4GHz 帯の制御フレームにはいまだに無印 802.11 時代の DSSS-BPSK 1Mbps 変調が生き残っているんですから...。

x4 range

Bluetooth SIG のニュースリリースにおける「距離4倍」には「どうやって?」という情報が示されていません。もちろんメッシュを使えば伝達距離は延びますが、一部のニュースサイトでは「従来の Bluetooth LE では Class 1 で通信距離 100m だったが、シリコンラボの Wireless Blue Gecko チップは通信範囲 400m を実現している」という記述もあり、これだけ見るといかにも Bluetooth 5 ではリンク距離が 4 倍になったかのように思います。一体どんな魔法を使ったのでしょうか?
無線通信の世界に魔法はありません。そもそも、Bluetooth LE に「Class 1」なんてありません。Bluetooth の「Transmit Power Class」については Core Spec 4.2 Vol.2 Part.A Section.3 に定義されていますが、これが適用されるのは Bluetooth Classic だけです。LE については Core Spec 4.2 Vol.6 Part.A Section.3 に定義がありますがそこに「Power Class」という概念はなく、最小出力 -20dBm~最大出力 +10dBm という定義があるだけです。
さて前述の Blue Gecko WT41 チップのデータシートを見ると「最大送信出力 20dBm (100mW)」とあり、つまり 4.2 における LE の最大既定を超えて Class 1 に相当するパワーを出しています。これが Bluetooth 5 仕様に取り入れられるのだとすると「Bluetooth 5 では LE の最大送信出力も Classic の Class1 同等となる」という「なーんだ」な話になります。

さて +10dBm の出力アップが果たして「距離 4 倍」を実現できるのか、久しぶりにフリス公式の Excel を引っ張り出して試算してみます。受信信号強度を Blue Gecko WT41 のカタログ値から -90dBm とし、空間伝達係数を理想条件(全方位への無反射・無減衰拡散)の 2.0 に仮定すると 995m/10dBm に対し3146m/ 20dBm で 3 倍強、より現実的な 3.0 (障害物のある室内) にすると 100m と 215m で 2 倍強となります。「距離 4 倍」を実現するには 2.0 の場合 +2dB、3.0 では +8dB ほど上乗せが必要で、2dB なら受信能力の強化やアンテナゲインで稼げるかも知れませんが 8dB を稼ぎ出すのは難しいでしょう。しかもこれらの数字はフリス公式そのままの「電磁波減衰距離」に過ぎず、現実には +10dB ほどマージンを乗せなければ安定運用は望めません。「通信範囲 400m を実現している」といっても「障害物のある室内で」とは言っていませんから、「嘘ではないが本当のこと全ても言っていない」パターンでしょうね。なお WT41 は「公称通信距離 1000m」をうたっていますが、送信出力 20dBm、受信強度 -90dBm に +10dB のマージンを乗せると伝達係数 2.0 で 995m となり、アンテナ見越し間に障害物のない条件 (Direct Line of Sight) ならば現実的に実現可能と試算されます。

無線通信の世界に魔法はありませんが、S/N 比 や伝達条件を有利な仮定に置くことで「嘘をつかずにカタログスペックを操作することはできるんですよねー。無線技術に関わるエンジニアにはそれを読み解く能力が要求されます。IT ニュースのライターにそこまで求めるのは酷かもしれませんが、「消費電力は同じで速度2倍・距離4倍?なんか盛ってるぽいぞ?」と疑う程度の感性は持って欲しいものだと思います。

Bluetooth Mesh

Bluetooth 5 のメッシュ機能は、CSR 社(現在では Qualcomm に買収)が開発していた CSRmesh 仕様が SIG に取り入れられたものであることはほぼ確実です。Bluetooth Mesh に関する SIG からの情報はあまりありませんが、CSRmesh に関するニュースリリース等からある程度の概要は掴むことができます。ただし例によって例のごとく、日本語圏の IT 情報サイトは誤解や拡大解釈を含んだ怪しげな記述が多く(「ペアリングの必要なしに安全な通信が実現できる」など、情報工学上不可能なことが書いてあったりする)、なるべく原情報に近い CSR 社のニュースリリースやプレゼンテーションを当たったほうがよいでしょう。ただしこれも「当社比」の情報なので、例によって「嘘ではないが本当のこと全ても言っていない」と眉に唾を付けて読む必要があります。

まず、「CSRmesh はルーティングテーブルを持たないフラッド型メッシュである」という記述が目に付きます。これがどういう事なのか、ローパワー無線メッシュの一大勢力である 802.15.4/Zigbee との対比で解説してみましょう。

802.15.4/Zigbee では中継を司る「Full Function Device (FFD)」を中心に単機能の「Reduced Function Device (RFD)」がぶら下がる「クラスタ」を形成し、クラスタ間が「ルーター」機能によって連鎖することでメッシュを実現していました。この形態には様々な利点もあるのですが、ルーター役の FFD が何かの拍子に停止するとクラスタ丸ごと全滅するだけでなく、そのルーターを通っていたメッシュ経路も断絶するため、距離延伸としてのメッシュではあっても冗長性確保にはなっていない、むしろネットワーク規模拡大に伴って非冗長故障箇所(Single Point of Failure)が増えるという批判もあります。

piconet2.jpg

クラスタ・ツリー型メッシュの模式図。
経路情報が管理されており、原則として1ホップあたり1回づつの送信で伝達される。

 

これに対し、フラッド型メッシュは構造を持ちません。ノードは送信したいとき周囲全てのノードに対しブロードキャストでメッセージをぶん投げ、それを受信した全ての中継ノードもまたブロードキャストで中継メッセージをぶん投げます。構造型メッシュではルーティング情報に基づいて中継再送信するか否かが判断されますが、フラッド型メッシュでは全てのノードがお構いなしに受信メッセージを再送信するので、中継メッセージはネズミ算式に増えてネットワークを洪水(フラッド)のように埋め尽くすことになります。そのままでは無限増殖や無限ピンポンが起きて使い物にならないので、リピートカウンタや中継ログなどを持たせて無限増殖を防止する措置が取られますが、それにしてもフラッド型メッシュは「再送中継を最適化しない、無駄な再送中継が大量に発生することを甘受する」ことをもって「高い冗長性とトポロジー柔軟性」を実現しているわけです。中継ノードが増えるほど・中継ホップが増えるほど無駄再送もどんどん増え、理論上最大伝達距離が延びる代わりに通信効率は低下するはずです。

floodmesh.jpg

フラッド型メッシュの模式図。
経路情報は管理されておらず、全てのノードは受信したパケットを再送信する。
クラスタツリーにくらべると「いかにもメッシュ」という雰囲気だが、
あるノードが送信中、その電波到達範囲内すべてのノードは送信できないことに注意。

 

CSRmesh の最大ホップについて明記された資料は出てきませんでしたが、プレゼンテーションに掲載されていた動作原理図には4ホップが示されており、最大4ホップならば「通信距離4倍」という話とも辻褄が合います。しかしルーティング構造を持たない単純フラッド型メッシュで4ホップというのは、運用限界に近いのではないか?とも思います。

CSRmesh では Bluetooth LE で定義された 3 本のアドバータイズ・チャネル(2402MHz, 2426MHz, 2480MHz)を用いて通信を行うようです。ただし、あるノードが同時に受信可能なチャネルは 1 本だけなので、隣接クラスタ間で通信周波数を変えて干渉を防ぐマルチチャネルのメッシュではないはずです(そもそもフラッド型メッシュに「クラスタ」という概念は無い)。送信側と受信側(中継ノード)の間にさえ何らかのチャネル同期機構があるのか無いのか、公表されている資料だけではよくわかりません。CSRmesh のプレゼン資料には「3 本のチャネル全てを使う」「このステップは 3 回繰り返され」「どのメッセージも 9 回中継されることになる」という記述もあり、これを字面通りに受け取れば「1ホップあたり 9 回づつ送信する」という解釈になります。冗長ルートなしに伝達成功すると仮定しても4ホップなら片道 36 回、往復 72 回の送信でやっと1メッセージが伝達される理屈ですね。「4倍の通信距離で速度がどれだけ保証できるとは言及していない」「フラッド型メッシュで4ホップは限界に近いのでは?」と書いたのはそういう意味です。

CSRmesh のセキュリティは PSK(Pre Shared Key) で実装されるらしく、文字列のパスフレーズか、それを印刷した QR コードを携帯カメラで撮影し APP に取り込むことで鍵を共有するようです。確かに「ペアリングでは無い」けれど、「鍵設定が要らない」とまでは言っていませんね。
PSK 鍵をそのまま暗号化に使うと、同じ鍵に基づいた暗号化情報が反復送信されて傍聴者に解読の手掛かりを与えてしまい、WEP の二の舞になってしまいます。Bluetooth のペアリングや WiFi WPA の PSK では PSK 鍵をもとに算出した疑似乱数鍵(Link Key, LTK あるいは Pairwise Key)を暗号化に使うのですが、疑似乱数鍵を確立するためには通信者間での情報同期が必要です(Bluetooth におけるペアリング、WiFi における 4-way handshake)。基本的に「投げっ放し」のフラッド型メッシュでどうやって乱数鍵を実現しているのか、その詳細も公表資料からはよくわかりません。
 

Bluetooth Mesh と IP Support Profile

CSRmesh のプレゼン資料には「IPv6 スタックは不要であり(中略) CSRmesh では使用できません」という記述があり、「IP 接続はゲートウェイで終端し、メッシュの内側は軽量な非 IP プロトコルを通す」という意味のことが書かれています。せっかくメッシュと IPv6 がサポートされたのに、両者を組み合わせて使うことはできないのでしょうか?私の現時点での理解では「IPv6 over Bluetooth Mesh は動かないこともないかも知れないが、相性が悪くてメリットよりデメリットのほうが大きいだろう」です。

IPv6 over Bluetooth は LE L2CAP の上に実装されており(Internet Protocol Support Profile Section 4.2)、そして LE L2CAP は LL Data Channel PDU として定義されています(Core Spec 4.2 Vol.6 Part.B 2.4.1)。一方 CSRmesh はアドバータイズチャネルを使って動くとされており、そして少なくとも Bluetooth 4.2 にはアドターバイズチャネル上の Data PDU は定義されていません。Bluetooth 5 ではアドバイターズチャネル上の Data PDU を追加定義するとも考えられますが、LE L2CAP は「Connection-oriented Channel / LE Credit Based Flow Control Mode」という長い正式呼称が示すように接続・切断手続きとデータ流量制御を伴うもので、対応する PDU Type さえ定義すれば実装できるものではありません。仮に実装したとしてもチャネル接続やクレジット交換の双方向手続き、あるいは複数に分割された 6LoWPAN のフレームを大量の無駄再送を伴うフラッド型メッシュを介して最大4ホップ先のノードとやり取りするのは、極めて実用性の低い代物になるのではないかと思います。

IP Support Profile の基底をなす 6LoWPAN はもともとスター・クラスタ・トポロジーを持つ 802.15.4 用に開発された経緯があり、近隣探索解決などの機能をなるべく常時通電のクラスタ中枢(Central)に担当させ、末端デバイス(Peripheral)の負担を下げブロードキャストを減らす(皆無にする)方向で設計されています。いっぽう CSRmesh はブロードキャスト乱発こそが身上のフラッド型メッシュですから相性が良いわけがないとも言えるのですが、Bluetooth 4.1 以来「IPv6 との親和性」を一生懸命アピールしてきた Bluetooth SIG が、ここに至って「IPv6 の使えない」メッシュを採用するというのも奇妙な気がします。

さて一方、IETF では RFC7668 IPv6 over Bluetooth をメッシュ対応に拡張するドラフト提案 (draft-gomez-6lo-blemesh) を審議中のようですが、そこで前提にされている「Bluetooth LE mesh」は木構造を持つクラスタ・ツリーとなっており、平板なフラッド型の CSRmesh/Bluetooth Mesh とは「違うもの」のようです。draft-gomez-6lo-blemesh の発起人は CSR/Qualcomm ではなく Nokia となっているので「CSR のメッシュなんか知らねーよ」という事なのかも知れませんが、Nokia も 7 社しかない Bluetooth SIG のプロモーター・メンバーであり Bluetooth Mesh の採用経緯を知らない筈がないので、「どうしてこうなった」という気もします。

800% connectionless broadcast

「一方向通信の容量が従来比約 8 倍」の元ネタは更にわかりませんが、Bluetooth 4.2 で取り入れられた LE パケット拡張がアドバータイズパケットにも適用されるのではないか、と推測します。4.2 では LE PDU の最大長が 39 バイトから 257 バイトに拡大されましたが、アドバータイズチャネル PDU 群の仕様は相乗りデータ(AdvData)の最大長 31 バイト据え置きでした。これが (257-8)=249 バイトに拡大されたならば、249÷31=8.0322 で「800%」というニュースリリースに一致します。
アドバータイズチャネル上にデータを流す Bluetooth Mesh では、このくらいのデータサイズは確保してもらわないと実用性は厳しいことになるでしょう。一方 CSRmesh のプレゼンでは「CSRmesh は Bluetooth 4.0 以降で動作します」と記されていますが、アドバータイズデータ拡張前(4.2 以前)のチップでメッシュを動作させれば、データサイズは旧仕様の最大 31 バイトに制約されることになります。しかもメッシュ伝達経路上全ての中継ノードがアドバータイズデータ拡張に対応していない限り、32 バイト以上のデータを伴うパケットがメッシュを通れる保証は無いことになります。スイッチの ON/OFF や温度計のデータ読み出し程度なら間に合うでしょうが、それ以上の応用は難しそうですね。もちろん長いデータを分割して送るのも不可能ではないでしょうが、大量の無駄再送を伴うフラッド型メッシュでデータの分割送信をやるのは、これまた相性が悪いのではないかと思います。

Bluetooth の過去と未来

冒頭に記したように、Bluetooth 規格は 1999 年の 1.0 からの 16 年間で 8 回のバージョンアップを行ってきました。当初は WiFi と張り合おうとして速度(2.0 の EDR)やセキュリティ(2.1 の SPP)を強化し、更なる高速化に向けて UWB PHY の採用が発表されましたが実現せずに終わり、「勝てないなら仲間になれ」とばかりに 3.0+HS では WiFi に相乗りする PAL/AMP (Protocol Adaptation Layer / Alternate MAC-PHY) が制定されましたが殆ど使用されることはなく、次の 4.0 では方針を 180 度転換して Nokia 社の Wibree を「Bluetooth LE」の名称で採用し超低消費電力・ローコストをアピールしました。Bluetooth LE で採用された GATT プロファイルはデータ構造の記述を汎用化でき、これによって各種各様のデバイスに適合したプロファイルが広まる...かと思いきやこれも思ったようには展開せず、4.1 以降では LE L2CAP Channel や IPv6 over Bluetooth など「GATT 以外」の仕様拡張を重点に機能強化されてゆくことになります。
結局、Bluetooth Classic については 2.1 の「BDR+EDR, SSP ペアリング」からほとんど進歩しておらず、EDR も果たして本当に使用上の利便になっているかどうか極めて疑問です。一方の LE 仕様は GATT で使うかぎり 4.0 仕様でも必要十分で、4.1 では IPv6 対応のため非 GATT のデータソケットが定義されたものの肝心の IP Support Profile (IPSP, RFC7668) の制定は 2015 年 10 月まで遅れ、その間に発表された 4.2 ではペアリングのセキュリティ強化やパケットサイズ拡大が施されたものの、おかげで間に挟まれた 4.1 は中途半端な存在になってしまいました。その一方で 4.0LE や 4.1LE 仕様のデバイスやホストは 5 年の間にそれなりの数が出荷されていますから、4.2LE 同士でしか使えない拡張仕様が本当に「使える」ようになるにはまだ時間がかかりそうです。

そういう紆余曲折を踏まえたうえで Bluetooth 5 を見ると、「また互換性のない拡張をやるの?4.2 が出てから 2 年しか経っていないのに?」という気持ちになります。「LE が2倍速くなりました!」と言われても「でも無印 802.11 (1997) なみの 2Mbps でしょ?今さら互換性の無い拡張やってまで実現する意味あるの?」と思いますし、「アドバータイズフレームのデータサイズが 8 倍になりました!」と言われても「何で 4.2 で LE フレームサイズ拡張したときにそうしなかったんだよ!」と思います。
まぁ Bluetooth SIG も「お仕事」ですから継続的に新仕様を発表し続けなければならないのでしょうし、それを言ったらアルファベットを2周して 802.11az まで行ってしまった IEEE802.11 の各種拡張仕様のうち何割が実際に使われてるの?みたいな話にもなります。ただ 802.11 系の拡張仕様の多くはビーコンやフレームヘッダに埋め込む拡張領域として実装され、シリコンチップはそのままドライバやサプリカントの更新で対応可能なものが多いのに対し、Bluetooth は ROM 化されたプロトコルスタックも含めてシリコンチップに実装される製品が多く、後付けで仕様追加しても旧仕様のチップでは利用不可、対応チップが出るまで年単位の時間がかかる場合が多いと思います。それなのに 4.1 の 1 年後に 4.2 が発表され、その 2 年後に 5 が発表されるのはいささか朝令暮改すぎないか?と思うわけです。せめて「やっぱりマイナーバージョン復活しました」とか言って再来年に Bluetooth 5.1 が出たりする五月雨バージョンアップは避けて欲しいと願います。

まとめ

自社が WiFi 陣営に軸を置いていることもあり、かなりシニカルに Bluetooth 5 を論じてみました。とりわけ Bluetooth Mesh に対しては懐疑的な視点で論じていますが、「ルーティング構造を持たないフラッド型メッシュだから強いんです!」というドヤ顔なプレゼン資料なんか見てしまうと眉唾警戒レベルは上がらざるを得ません。フラッド型メッシュには確かに単純ゆえの強みがありますが、メーカー発の「当社比」資料にはトレードオフで犠牲にしたものについては言及されないものです。

今までこのブログで何度か「個人的には Bluetooth LE (GATT) によるスマートガジェットに期待している」と書いてきましたが、残念ながらその方向では思ったほど上手く展開せず、Bluetooth 5 ではまたしても WiFi と正面対決する方向に向かっているようです。その背景にはバズワード気味の「IoT ブーム」があり、炊飯器や体重計を IP 網に直結してクラウド通信するような用途を考えているようです。
しかし私は「IoT=IP 網経由でクラウドに直結」という考えは(文字通り)短絡的に過ぎないか?と疑問に思っています。メッシュで距離延伸したところで結局どこかにゲートウェイを置いて IP 網に接続するわけですから、そこでプロトコル変換をかければローカル網は Zigbee でも GATT でも構わないはずで、尻尾の先まで IPv6 を通す必要はないんじゃないの?IPv6 によるシームレス接続は IETF の先生方が泣いて喜ぶ 20 年来の夢かも知れませんが、プロトコルスタックの実装メモリや実行時の消費電力というコスト増加に見合うだけのメリットが本当にあるの?と。まぁそれも、そもそも「IoT ブームなんて本当に来るの?」というもっと大きな if の上に乗っているわけですが。

私個人は WiFi 万能論者ではなく、用途に応じて様々な特性の接続手段(有線も含めて)が使い分けられるべきだと思っています。だからこそ UWB がインパルスを捨てて MB-OFDM に走り自滅したのにはガッカリしましたし、Bluetooth 4.0 が 3.0 までの速度追及をやめて低価格低消費電力に特化した LE 仕様には「おっ」と期待したのですが、それから 6 年経って再び距離と速度を追及し始めたのは「何だかなぁ」と感じます。「欠点をカバーするより利点を活かし合ったほうが良くなるはず」...って何に出てきた台詞だったかな。

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