CAN通信の無線化

働く車のリモートモニタリング

近年、各自動車メーカはコネクティッドカーと呼ばれる、自動・快適運転・走行・車輛管理を目的としたネットワーク通信に対応した車両開発に力を入れています。これらは車両に搭載された各種センサやカメラ映像情報、また走行情報をクラウドサービスと連動し実現されるサービスですが、その基本となる速度・エンジン回転数、ブレーキや故障情報などの走行情報はCAN(Controller Area Network)という通信方式で車両内の各コントローラー(ECU: Electronic Control Unit)間でやり取りされています。

このCANによる車両内の制御通信は乗用車だけでなく、建設機械や農業機械などの"働く車"と呼ばれるカテゴリーの車両でも一般的に利用されています。この市場においては、建設現場や農地においていかに車両を効率的に稼働させ生産性を上げられるかが重要になります。そのため、各車両メーカでは自動走行・遠隔操作や、車両保守作業の効率化、稼働情報の分析による予防保全など様々な方法で生産性向上を目指しています。

これらの実現に必要とされるのが無線通信による稼働データの収集やリモート制御です。しかしながら、働く車と、通常の無線機器が対象とする一般オフィスでは無線機器が利用される通信条件や設置環境は大きく異なり、CAN通信の無線化には特別な対応が必要となります。

CANと無線LAN通信の違い

CAN通信はCAN 2.0Bという規格でも通信速度は最高1.0Mbpsでそのデータは通常29bit/フレームで送受信されます。他方、無線LANなどのIP通信は数十~数百Mbpsといった速度での通信でやり取りされており、送受信データは約1,500bit/フレームといったCANに比べて格段に大きなサイズの通信に最適化されています。

この想定された通信速度やデータサイズの違いにより、単純にCANフレームを個々にIPフレームに変換したのでは極めて非効率(大きなバケツで少量の水を送るようなもの)となってしまいます。

CAN・無線変換の最適化

データをまとめて高速回転で一気に転送(高効率)

そのままでは非効率なCAN・無線/IP通信変換を効率的に行うには、細切れのCANフレームをIP通信に合わせた形に加工・取りまとめて最適化する必要があります。この作業は無線装置内部でCANフレームをIP通信に適したデータ量までバッファリングすることで実現できます。

このバッファリングにより『広帯域な無線LAN通信を活用できる』ことだけでなくTCP/IP通信を利用する場合の『データ再送効率の向上による通信遅延低減』や『無線端末側の通信負荷の低減/低発熱化』といった副次的な効果が得られます。特に低発熱は、防塵防水対策として密閉性が求められる働く車向け製品では必須となります。

通信距離の延長・遅延への対応

CANの無線化用途には、通信データの確実性を最優先とする制御用アプリケーションと、通信の継続性を重要視する監視用アプリケーションがあります。制御用途ではエラー再送に対応したTCPプロトコルを利用しますが、周辺環境や通信距離によってはデータ再送待ちや遅延が発生します。他方、監視用途では、データの完全性よりも通信距離の延長や遅延によるPC・タブレットなどの監視ソフト側からの通信断を避ける必要があります。この場合、エラー再送の無いUDPを利用するのが適しています。

用途に応じたIP通信方式を採用することで、リモートアプリで利用するタブレットPC・スマートフォン端末を効果的に活用できます。

周辺映像(複数カメラ)データを1つにまとめて無線転送

映像情報の最適化

CANデータという車両情報と合わせて周辺映像を確認したいという要望があります。映像データはCANデータと比べて圧倒的にサイズが大きく、そのまま無線転送するとCAN通信用の帯域まで使ってしまいます。そのため、CANと映像情報をセットで無線転送する場合は、映像情報を効率的かつスマートに送信する必要があります。

複数のカメラ映像を1セットにして送信しデータ量を減らす。周辺の無線環境や通信速度の変化に応じて映像フレーム(fps)や画像品質を自動変更するといった対応が有効です。

タブレット イメージ

PC・タブレットアプリケーション

車両のリモート監視・操作には、ノート・タブレットPCやスマートフォンといったモバイル端末の利用が一般的です。これら市販機器は入手性もよく、リモート監視・操作のためのアプリケーションを開発する環境も整っています。他方、それらの無線通信機能は一般的なオフィスやWi-Fiホットスポットでの利用を想定したもので、端末のバッテリーと省エネを考慮した動作に最適化されています。

このような市販モバイル端末を無線CAN通信で安定的に利用するためには、モバイル端末側の無線通信機能も安定動作させる必要があります。この点、よく発生する問題として『通信が瞬間的に停止・息継ぎしてしまう(無線モジュールのスリープ)』、『常に周辺の他のアクセスポイントを検索してしまう(バックグラウンドスキャン)』といったものが挙げられます。通常のWeb閲覧や電子メール送受信では全く問題無いこれらのmsレベルの動作のもたつきも、遅延にシビアなCAN通信においては大きな問題となります。

モバイル端末に搭載されたOS標準機能ではこれらの設定を詳細に変更するのは困難なため、車両アプリケーション側で常に端末の無線機能を最適な状態に維持する必要があります。

農機 イメージ

利用アプリケーションに応じた選択

CAN通信の無線化アプリケーションを市販モバイル端末で利用する場合、選択肢※は無線LAN(いわゆるWi-Fi)かBluetoothとなります。

無線LANは高速・大容量・複数端末の同時通信が可能です。複数のCANチャネルや負荷の高いCAN通信(1,000fps以上)を無線化、また複数のモバイル端末で利用したり、映像とセットで通信させる場合に適した通信方式です。また無線干渉の可能性が低い5GHz帯を利用できるメリットもあります。

他方、Bluetoothは通信速度は無線LANに及びませんが、1対1でのペアリング通信に特化しているので簡単に設定・利用できます。周波数ホッピング機能により無線干渉に比較的強く、モバイル端末の消費電力も無線LANに比べ低いため長時間稼働できるといったメリットがあります。

通信できる距離は無線LANで数十m~100m程度、Bluetoothでは数m~10m前後※となるので、車両からどの程度の距離で目的のアプリケーションを使う必要があるかで無線方式を選択することになります。
※Class1対応製品では無線LAN並みの100m程度まで通信可能ですが、モバイル端末側もClass1に対応した製品である必要があります。

まとめ

CAN通信を無線化するには、CAN通信とIP通信の違いを考慮した無線機器を選択し、同時にモバイル端末アプリケーション側でも安定通信を実現する仕組みを設けるといった全体最適が必要になります。また、利用するアプリケーションに適した無線方式を選択することも重要です。

今後モバイル通信領域では高速・低遅延通信を特徴とする5Gサービスの開始が予定されていますが、利用可能な地域やその品質レベル・通信費用など課題も多く残っており、普及するまでにまだ時間がかかると予想されます。それらを踏まえ、車両という屋外で利用される製品・アプリケーションに応じて、無線LAN・Bluetooth・モバイル(LTE/5G)を組み合わせて利用するアプローチが引き続き主流となると思われます。