Wireless・のおと
サイレックスの無線LAN 開発者が語る、無線技術についてや製品開発の秘話、技術者向け情報、新しく興味深い話題、サイレックスが提供するサービスや現状などの話題などを配信していきます。
ワイヤレス・のおとメディア小論(4)
今回は番外編です。前回は無線インターネット(3G/LTE)の話題にからめて「iPhone の衝撃とスマートフォンによるインターネットの変貌」を話題に出しましたが、iPhone はスマートフォンとして世界初でもなければ唯一でもありません。iPhone のライバルといえば Android が有名ですが、今回は知られざる「iPhone/Android 以外」のスマートフォン製品についてのおはなしです。
Palm Treo (2002-2008)
「スマートフォン」という製品が成立する以前、携帯電話とパソコンの中間製品として「PDA(Personal Digital Assistants)」と呼ばれる製品群がありました。数ある PDA のうちアメリカで大ヒットしたのが 1996 年に Palm 社から発売された Palm Pilot です。Pilot はあえてモノクロ液晶を採用、完全な手描き認識ではなくグラフィティ(Graffiti)と呼ばれる簡略化した文字認識機能を持つなど、機能を絞ることで乾電池駆動の小型軽量製品にまとめたことが成功の秘訣でした。
ユーザーからは Palm Pilot の機能を携帯電話と融合することが望まれていましたが、それが実現したのはだいぶ後の 2002 年に発売された Treo 600 でした。Treo はもともと Handspring 社の製品でこれを Palm が買収したのですが、そもそも Handspring 自体が Palm からのスピンオフだったというややこしい経緯があります(その Palm 自身も U.S Robotics, 3Com と何度も身売りを繰り返し、最後は後述するように HP に買収されています)。
Treo は当初 PalmOS で動作していましたが、2005 年からは Microsoft Windows Mobile で動作するモデルも加わりました。Treo は「スマートフォン」という製品の先駆者としてそれなり評価され後述する BlackBerry と競いましたが、高価だったこともあって一般消費者向けというよりビジネスマン向け製品という色合いが強いものでした。そして 2007 年に Apple が iPhone を発表すると Treo の人気は急速に落ち、2008 年に発売された Treo Pro をもって製品シリーズが終息します。しかし、Palm の話はそれで終わったわけではなかったのでした。
Palm/HP TouchPad (2011)
携帯業界を激震させた「iPhone ショック」の後、Palm 社は捲土重来を期して「WebOS」と呼ばれる新システムの開発に着手します。独自性の強かった PalmOS と異なり、WebOS は Linux ベースのシステムでした。当時経営の多角化を目指していたヒューレット・パッカード(HP)社はこの WebOS に目を付け 2010 年に Palm 社を買収、HP のブランド名で WebOS 製品を発売すると発表します。まず 2011 年 2 月に WebOS 2.2 搭載のスマートフォン「HP Veer」と「HP Pre 3」が発表され、そして 7 月には待望の WebOS 3.0 を搭載したタブレット「TouchPad」が大々的な鳴り物入りで発売されました。
しかし、TouchPad の初期評価は悲惨なものでした。いわく基本機能が貧弱、バグだらけ、遅い、しょっちゅうフリーズする、等々...WebOS 2.2 からわずか5ヶ月で WebOS 3.0 を開発する強行軍の無理が祟ったのでしょうか。そして発売から僅か1ヶ月後の 2011 年 8 月、HP 社は TouchPad シリーズの製造・発売終了を発表して業界の度肝を抜きます。 そして 12 月には携帯通信機器事業からの撤退と WebOS のオープンソース化(open WebOS) が発表され、WebOS は事実上その製品生命を断たれました。
open WebOS はその後さらに韓国 LG 社に転売されて LG webOS となり、2014 年現在は同社のスマート TV に搭載されていますが、webOS が再びスマートフォン世界に戻ってくることは無さそうに思えます。
BlackBerry (2003-)
BlackBerry は BlackBerry Ltd (当時は Research In Motion, RIM) 社によって 2003 年に発売されたスマートフォンです。RIM 社はもともとポケベル(Pager)を販売しており、受信だけでなく送信もできる双方向 Pager で急成長した会社でした。
BlackBerry は 小柄な筺体にフルキーボードと超小型トラックボールまで装備した「メール送受信+携帯電話機能を持つ超小型パソコン」とでもいうべき製品で、出張先で頻繁なメール送受信を行うビジネスマン向けに大ヒットしました。ベルトには BlackBerry の専用ホルダーを差し、歩き電話しながら両手親指でメールをプチプチ打つ「できるビジネスマン」の姿が全米の空港で見られた時代もあったほどです。
BlackBerry もまた 2007 年の「iPhone ショック」を受け一時期ほどの独占的なシェアは失いましたが、Palm のように会社が迷走するほどではありませんでした。2010 年には高信頼性リアルタイム OS の開発元 QNX Software Systems を買収、同社の RTOS QNX をベースにしたスマートフォン OS「BrackBerry 10」を 2013 年に開発します。BrackBerry 10 は必ずしも iPhone や Android の攻勢を巻き返すには至っていませんが、その高速動作と堅牢性は一部のユーザーから高い評価と支持を得ています。
RIM PlayBook (2011-2013)
QNX を搭載した最初の BrackBerry 製品はスマートフォンではなく、2011 年 4 月に発売されたタブレット「PlayBook」でした。前述の HP TouchPad とちょうど同時期であり、マスコミは「タブレット戦国時代到来か?!」などと騒いだものです。
PlayBook の特徴は QNX 採用だけでなく、アプリケーションの既述に Adobe AIR システムを採用したことにもありました。当時は「何らかのプログラム機能を持った WEB システム(「スマート WEB」や「WEB 2.0」と呼ばれた)こそ次世代のインターネットを支えるのだ」と言われていた頃でもあり、これに対して Adobe Systems 社がリリースしたのが AIR システムで、もともとは同社が買収した Macromedia 社の Flash がベースになっています。Oracle 社の Java, Google 社の Dalvik (Java から派生した Android の APP システム), Microsoft の .NET および Silverlight など似たようなものは各社からリリースされており、群雄割拠というか規格乱立の様相を示すのですが、その話はまた別の機会にでも。
「バグだらけ」と酷評された TouchPad と異なり PlayBook の評判は決して悪くなかったのですが、Apple iPad の圧倒的なブランド力や Android 勢の大安売り攻勢、Adobe AIR が意外に普及しなかったこともあって販売は伸び悩み、2013 年 7 月をもって PlayBook の製造販売は終息します。発売前は年間 400 万台の販売が期待されていましたが、3 年間の生涯販売台数は 250 万台弱にとどまりました。
Microsoft KIN (2010)
KIN は Microsoft とシャープの共同で開発されたスマートフォンです。OS に Windows CE を採用し、Facebook や Twitter などの SNS (Social Network Service) と密接に連動した「SNS 時代のデジタルコミニュケーションギア」と位置付けられていました。縦長の小型モデル「KIN ONE」と横長の「KIN TWO」の2製品が提供され、本体価格は ONE が $50、TWO が $100 という意欲的な低価格が付けられていました。
KIN は 2010 年 5 月に発売されましたが、あまりに SNS に特化しすぎスマートフォンとして貧弱な機能、独自性が強すぎて使いづらいと評されたユーザーインターフェース(Loop)、本体価格のわりに高額な回線契約料(基本料金 $39.99/月、Zune 音楽サービスが +$14.99/月)などが不評で販売は低迷、わずか2ヶ月後の 7 月には販売中止に至ります。同年 12 月には「KIN ONEm」「KIN TWOm」が発売されますが、これは KIN のソフトウェアを入れ換え「ただの携帯電話(フィーチャーフォン)」に仕立て直したもので、不良在庫の再販処分とも言えるものでした。もはや捨て値と化した価格改定(ONEm が $20、TWOm は $0!)にも関わらず販売はなおも低迷し、KIN ONEm の新品在庫は 2013 年まで確認されたと言われています。
intel Moblin (2007-2009)
intel 社は言わずと知れた x86 系 CPU のメーカーですが、PC 市場の成長に陰りの見え始めた 2007 年、同社は次の成長カテゴリとして携帯型インターネット端末を掲げ、小型・低価格・低消費電力の新製品 ATOM プロセッサこそ来るべきモバイルインターネット時代を支えるとぶち上げました。
intel は「UMPC(Ultra Mobile PC)」と「MID(Mobile Internet Device)」という2種類の携帯端末アーキテクチャを提唱しました。UMPC は後に言う「NetBook」すなわち(ATOM 搭載・Windows OS の)薄型ノート PC でしたが、MID は「PC とは異なるカテゴリの携帯端末」であり、今でいうところのスマートフォンでした。そして、MID 用の OS として intel が推進したのが Moblin (Mobile Linux) です。
Moblin の構成は後述する Maemo と似た X11/Gnome ですが、Gnome 上に OpenHand 社によって開発された Clutter と呼ばれる GUI システムを採用し、3D 効果を使った UI が簡単に書けるという売り文句でした。また intel 社は moblin.org サイトを開設し、万人が参加できるオープンソース・プラットホーム色を強く打ち出していました。
しかし、Moblin を搭載した製品は台湾・韓国のメーカーから数品種が発売されたのにとどまりました。失敗要因については NetBook が売れすぎて MID の存在感が希薄になったこと、intel 社がサーバ製品の販売促進に注力し異種事業開拓である携帯業界にあまり注力しなかったこと、携帯電話メーカーにとって ATOM の価格や消費電力が当時躍進著しかった ARM Cortex に比べて魅力に乏しかったこと、などが挙げられるでしょう。2009 年 4 月に intel 社は Moblin を Linux Foundation に譲渡すると発表、Moblin は表舞台からその姿を消します。
Nokia Maemo (2005-2009)
ノキア(Nokia)社は言わずと知れた携帯電話の老舗で、同社の携帯電話用 OS「Symbian」(※註)は iPhone 登場まで高機能携帯電話の世界的デファクトスタンダードの座に君臨していました。
(※註) もともとは Psion 社の製品。1998 年にノキア、エリクソン、モトローラの出資を受けて Symbian Ltd に社名変更、2008 年にはノキアに買収された。
しかしノキア社の携帯 OS は Symbian 一色ではなく、Linux をベースとした携帯用 OS「Maemo」という系統もありました。Maemo は Debian ディストリビューションをベースとして GUI には X11/Gnome を搭載するなど、後の携帯用 Linux に比べるとデスクトップ用に近い構成を取っています。
同社は「高機能携帯」と「インターネット端末(Internet Tablet)」という製品を別物として考えていたらしく、携帯電話製品には Symbian、インターネット端末には Maemo という OS の使い分けをやっていたようです。しかしノキア社のインターネット端末は N770, N800, N810, N900 という4機種にとどまり、「そんなものもある」という程度の存在にしかなりませんでした。
N770 の発売は 2005 年 11 月といいますから Linux 系スマートフォン OS としては最古参にあたり、2007 年 6 月発売の iPhone より1年半も先行していたことになります。なぜ先行した Maemo がマイナーにとどまり後発の iPhone が爆発的人気を博したのか、これもいろいろな理由があるでしょうが、intel Moblin 同様に Nokia 社が既存の Symbian 製品に注力し Maemo が継子扱いだったこと、Maemo は Linux ベースとはいえクローズ色が強く、個人ベースでの App 開発と Apple Store 経由での App 販売という斬新な戦略を打ちだした Apple iPhone に比べて「毛色の違う Symbian」的な存在に留まったことなどが主な理由でしょうか。
2010 年 2 月には Nokia も Maemo のオープン化を宣言します。Linux Foundation では「似て非なる携帯 Linux」Moblin と Maemo の統合を図り、そこから新たなプロジェクト「MeeGo」が始動することになります。
MeeGo (2009-2011)
前述のように、MeeGo は Nokia Maemo と intel Moblin の統合版として出発しました。MeeGo の UI は Moblin から引き継がれた Clutter を採用、しかし携帯用に限定せず様々な用途(Netbook、スマート TV、車載システムなど)に対応した「UX (User eXperience)」と呼ばれる「顔」を用意していたことが MeeGo の特徴です。
Nokia, intel 両者ともオープン化のあと「もう俺知らね」とソッポを向いたわけではなく、両社とも MeeGo プロジェクトの支持を表明し、実際 Nokia 社は 2010 年暮れに「MeeGo 搭載のスマートフォンの近日発売」を発表します。しかしその直後の 2011 年 2 月、Nokia 社は Microsoft Windows Phone の全面採用と MeeGo プロジェクトからの撤退を発表し、関係筋は「名門 Nokia の迷走」と揶揄しました。intel 社は 7 月の Intel Developpers Forum では「MeeGo プロジェクトは続ける」と発表したものの、僅か2ヶ月後の 9 月には前言撤回して撤退を表明、ここに MeeGo プロジェクトの命運は事実上尽きました。
MeeGo 搭載のスマートフォン Nokia N9 は 2011 年 9 月に発売されましたが、「最初から後継機種やアップデートの望みが無い新製品」というのはまるで茶番劇でした。本来ならば発売中止になるべき製品が、「重役がウソをついたわけではない」という既成事実を作るために販売されたような事情でもあったのでしょうか。
MeeGo はその後、旧 Nokia がらみの実装を切り捨てた完全オープンソースの「Mer」、そして Mer の商用版である「Sailfish(あるいは Jolla)」と名前を変えながら流転しますが、この系統が再び IT ニュースの表紙を飾ることはなさそうに思えます。
Tizen (2011-)
Mer/Sailfish とは別の流れに位置する MeeGo の末裔が Tizen です。原型は Samsung 社の Linux 携帯 OS「LiMo」に MeeGo の一部を取り込んだものとされており、Maemo / Moblin / MeeGo との共通点はあまり無いとも言われています(例えば Clutter GUI は使われていません)が、intel 社が MeeGo を捨てたあと Tizen プロジェクトの支持を表明したこともあって Mer や Sailfish より知名度は(多少)高い気がします。
Tizen は Tizen Association と呼ばれるオープングループによって推進されていますが、主な牽引役は Samsung 社です。しかしその Samsung 社ですらスマートフォン・タブレットの主力製品は Android であり、Tizen 採用(予定も含め)製品は 2014 年現在片手の指に余るほどしかありません。常に傍流にとどまり継子扱いという、Maemo 以来連綿と続いてきた携帯電話向け Linux の呪われた歴史が Tizen にも引き継がれてしまったような気がするのは私だけでしょうか。
Samsung 社は腕時計型の「スマートウォッチ」Galaxy Gear に Tizen を採用しており、これを受けて「ウェアラブル・コンピュータには Android より軽量な Tizen が主流となる?」と予測/期待する向きもあります。しかし軽量・高速な OS ならば非 Linux カーネルの RTOS (例えば Brackberry 10 に使われている QNX)もあるわけですし、今後 LSI 集積度やバッテリーの電力密度が上がってゆけば、ウェアラブル機で Android を動かしても全然問題なくなるかも知れないのです。ウェアラブルコンピュータの将来が不確定なのと同じくらい、今後 Tizen がどうなるか全くわかりません。
まとめ
iPhone・Android は華々しい成功の歴史ですが、その裏で消えていった製品・技術はかくも死屍累々の有様です。ハイ・リターンの巨大市場がいかにハイ・リスクであるかを改めて感じずにはいられません。よく「なぜ日本にはジョブスが出現しないのか」などと言われますが、iPhone も一歩間違っていれば黒歴史としてここに名を連ねていたかもしれないのです。
iPhone/iPad と KIN や TouchPad の明暗を分けたものは何だったのか、何が正しくて何が間違っていたのか、それについて考察することは良い他山の石になるかもしれません。
「スマートフォン」という製品が成立する以前、携帯電話とパソコンの中間製品として「PDA(Personal Digital Assistants)」と呼ばれる製品群がありました。数ある PDA のうちアメリカで大ヒットしたのが 1996 年に Palm 社から発売された Palm Pilot です。Pilot はあえてモノクロ液晶を採用、完全な手描き認識ではなくグラフィティ(Graffiti)と呼ばれる簡略化した文字認識機能を持つなど、機能を絞ることで乾電池駆動の小型軽量製品にまとめたことが成功の秘訣でした。
ユーザーからは Palm Pilot の機能を携帯電話と融合することが望まれていましたが、それが実現したのはだいぶ後の 2002 年に発売された Treo 600 でした。Treo はもともと Handspring 社の製品でこれを Palm が買収したのですが、そもそも Handspring 自体が Palm からのスピンオフだったというややこしい経緯があります(その Palm 自身も U.S Robotics, 3Com と何度も身売りを繰り返し、最後は後述するように HP に買収されています)。
Treo は当初 PalmOS で動作していましたが、2005 年からは Microsoft Windows Mobile で動作するモデルも加わりました。Treo は「スマートフォン」という製品の先駆者としてそれなり評価され後述する BlackBerry と競いましたが、高価だったこともあって一般消費者向けというよりビジネスマン向け製品という色合いが強いものでした。そして 2007 年に Apple が iPhone を発表すると Treo の人気は急速に落ち、2008 年に発売された Treo Pro をもって製品シリーズが終息します。しかし、Palm の話はそれで終わったわけではなかったのでした。
Palm/HP TouchPad (2011)
携帯業界を激震させた「iPhone ショック」の後、Palm 社は捲土重来を期して「WebOS」と呼ばれる新システムの開発に着手します。独自性の強かった PalmOS と異なり、WebOS は Linux ベースのシステムでした。当時経営の多角化を目指していたヒューレット・パッカード(HP)社はこの WebOS に目を付け 2010 年に Palm 社を買収、HP のブランド名で WebOS 製品を発売すると発表します。まず 2011 年 2 月に WebOS 2.2 搭載のスマートフォン「HP Veer」と「HP Pre 3」が発表され、そして 7 月には待望の WebOS 3.0 を搭載したタブレット「TouchPad」が大々的な鳴り物入りで発売されました。
しかし、TouchPad の初期評価は悲惨なものでした。いわく基本機能が貧弱、バグだらけ、遅い、しょっちゅうフリーズする、等々...WebOS 2.2 からわずか5ヶ月で WebOS 3.0 を開発する強行軍の無理が祟ったのでしょうか。そして発売から僅か1ヶ月後の 2011 年 8 月、HP 社は TouchPad シリーズの製造・発売終了を発表して業界の度肝を抜きます。 そして 12 月には携帯通信機器事業からの撤退と WebOS のオープンソース化(open WebOS) が発表され、WebOS は事実上その製品生命を断たれました。
open WebOS はその後さらに韓国 LG 社に転売されて LG webOS となり、2014 年現在は同社のスマート TV に搭載されていますが、webOS が再びスマートフォン世界に戻ってくることは無さそうに思えます。
BlackBerry (2003-)
BlackBerry は BlackBerry Ltd (当時は Research In Motion, RIM) 社によって 2003 年に発売されたスマートフォンです。RIM 社はもともとポケベル(Pager)を販売しており、受信だけでなく送信もできる双方向 Pager で急成長した会社でした。
BlackBerry は 小柄な筺体にフルキーボードと超小型トラックボールまで装備した「メール送受信+携帯電話機能を持つ超小型パソコン」とでもいうべき製品で、出張先で頻繁なメール送受信を行うビジネスマン向けに大ヒットしました。ベルトには BlackBerry の専用ホルダーを差し、歩き電話しながら両手親指でメールをプチプチ打つ「できるビジネスマン」の姿が全米の空港で見られた時代もあったほどです。
BlackBerry もまた 2007 年の「iPhone ショック」を受け一時期ほどの独占的なシェアは失いましたが、Palm のように会社が迷走するほどではありませんでした。2010 年には高信頼性リアルタイム OS の開発元 QNX Software Systems を買収、同社の RTOS QNX をベースにしたスマートフォン OS「BrackBerry 10」を 2013 年に開発します。BrackBerry 10 は必ずしも iPhone や Android の攻勢を巻き返すには至っていませんが、その高速動作と堅牢性は一部のユーザーから高い評価と支持を得ています。
RIM PlayBook (2011-2013)
QNX を搭載した最初の BrackBerry 製品はスマートフォンではなく、2011 年 4 月に発売されたタブレット「PlayBook」でした。前述の HP TouchPad とちょうど同時期であり、マスコミは「タブレット戦国時代到来か?!」などと騒いだものです。
PlayBook の特徴は QNX 採用だけでなく、アプリケーションの既述に Adobe AIR システムを採用したことにもありました。当時は「何らかのプログラム機能を持った WEB システム(「スマート WEB」や「WEB 2.0」と呼ばれた)こそ次世代のインターネットを支えるのだ」と言われていた頃でもあり、これに対して Adobe Systems 社がリリースしたのが AIR システムで、もともとは同社が買収した Macromedia 社の Flash がベースになっています。Oracle 社の Java, Google 社の Dalvik (Java から派生した Android の APP システム), Microsoft の .NET および Silverlight など似たようなものは各社からリリースされており、群雄割拠というか規格乱立の様相を示すのですが、その話はまた別の機会にでも。
「バグだらけ」と酷評された TouchPad と異なり PlayBook の評判は決して悪くなかったのですが、Apple iPad の圧倒的なブランド力や Android 勢の大安売り攻勢、Adobe AIR が意外に普及しなかったこともあって販売は伸び悩み、2013 年 7 月をもって PlayBook の製造販売は終息します。発売前は年間 400 万台の販売が期待されていましたが、3 年間の生涯販売台数は 250 万台弱にとどまりました。
Microsoft KIN (2010)
KIN は Microsoft とシャープの共同で開発されたスマートフォンです。OS に Windows CE を採用し、Facebook や Twitter などの SNS (Social Network Service) と密接に連動した「SNS 時代のデジタルコミニュケーションギア」と位置付けられていました。縦長の小型モデル「KIN ONE」と横長の「KIN TWO」の2製品が提供され、本体価格は ONE が $50、TWO が $100 という意欲的な低価格が付けられていました。
KIN は 2010 年 5 月に発売されましたが、あまりに SNS に特化しすぎスマートフォンとして貧弱な機能、独自性が強すぎて使いづらいと評されたユーザーインターフェース(Loop)、本体価格のわりに高額な回線契約料(基本料金 $39.99/月、Zune 音楽サービスが +$14.99/月)などが不評で販売は低迷、わずか2ヶ月後の 7 月には販売中止に至ります。同年 12 月には「KIN ONEm」「KIN TWOm」が発売されますが、これは KIN のソフトウェアを入れ換え「ただの携帯電話(フィーチャーフォン)」に仕立て直したもので、不良在庫の再販処分とも言えるものでした。もはや捨て値と化した価格改定(ONEm が $20、TWOm は $0!)にも関わらず販売はなおも低迷し、KIN ONEm の新品在庫は 2013 年まで確認されたと言われています。
intel Moblin (2007-2009)
intel 社は言わずと知れた x86 系 CPU のメーカーですが、PC 市場の成長に陰りの見え始めた 2007 年、同社は次の成長カテゴリとして携帯型インターネット端末を掲げ、小型・低価格・低消費電力の新製品 ATOM プロセッサこそ来るべきモバイルインターネット時代を支えるとぶち上げました。
intel は「UMPC(Ultra Mobile PC)」と「MID(Mobile Internet Device)」という2種類の携帯端末アーキテクチャを提唱しました。UMPC は後に言う「NetBook」すなわち(ATOM 搭載・Windows OS の)薄型ノート PC でしたが、MID は「PC とは異なるカテゴリの携帯端末」であり、今でいうところのスマートフォンでした。そして、MID 用の OS として intel が推進したのが Moblin (Mobile Linux) です。
Moblin の構成は後述する Maemo と似た X11/Gnome ですが、Gnome 上に OpenHand 社によって開発された Clutter と呼ばれる GUI システムを採用し、3D 効果を使った UI が簡単に書けるという売り文句でした。また intel 社は moblin.org サイトを開設し、万人が参加できるオープンソース・プラットホーム色を強く打ち出していました。
しかし、Moblin を搭載した製品は台湾・韓国のメーカーから数品種が発売されたのにとどまりました。失敗要因については NetBook が売れすぎて MID の存在感が希薄になったこと、intel 社がサーバ製品の販売促進に注力し異種事業開拓である携帯業界にあまり注力しなかったこと、携帯電話メーカーにとって ATOM の価格や消費電力が当時躍進著しかった ARM Cortex に比べて魅力に乏しかったこと、などが挙げられるでしょう。2009 年 4 月に intel 社は Moblin を Linux Foundation に譲渡すると発表、Moblin は表舞台からその姿を消します。
Nokia Maemo (2005-2009)
ノキア(Nokia)社は言わずと知れた携帯電話の老舗で、同社の携帯電話用 OS「Symbian」(※註)は iPhone 登場まで高機能携帯電話の世界的デファクトスタンダードの座に君臨していました。
(※註) もともとは Psion 社の製品。1998 年にノキア、エリクソン、モトローラの出資を受けて Symbian Ltd に社名変更、2008 年にはノキアに買収された。
しかしノキア社の携帯 OS は Symbian 一色ではなく、Linux をベースとした携帯用 OS「Maemo」という系統もありました。Maemo は Debian ディストリビューションをベースとして GUI には X11/Gnome を搭載するなど、後の携帯用 Linux に比べるとデスクトップ用に近い構成を取っています。
同社は「高機能携帯」と「インターネット端末(Internet Tablet)」という製品を別物として考えていたらしく、携帯電話製品には Symbian、インターネット端末には Maemo という OS の使い分けをやっていたようです。しかしノキア社のインターネット端末は N770, N800, N810, N900 という4機種にとどまり、「そんなものもある」という程度の存在にしかなりませんでした。
N770 の発売は 2005 年 11 月といいますから Linux 系スマートフォン OS としては最古参にあたり、2007 年 6 月発売の iPhone より1年半も先行していたことになります。なぜ先行した Maemo がマイナーにとどまり後発の iPhone が爆発的人気を博したのか、これもいろいろな理由があるでしょうが、intel Moblin 同様に Nokia 社が既存の Symbian 製品に注力し Maemo が継子扱いだったこと、Maemo は Linux ベースとはいえクローズ色が強く、個人ベースでの App 開発と Apple Store 経由での App 販売という斬新な戦略を打ちだした Apple iPhone に比べて「毛色の違う Symbian」的な存在に留まったことなどが主な理由でしょうか。
2010 年 2 月には Nokia も Maemo のオープン化を宣言します。Linux Foundation では「似て非なる携帯 Linux」Moblin と Maemo の統合を図り、そこから新たなプロジェクト「MeeGo」が始動することになります。
MeeGo (2009-2011)
前述のように、MeeGo は Nokia Maemo と intel Moblin の統合版として出発しました。MeeGo の UI は Moblin から引き継がれた Clutter を採用、しかし携帯用に限定せず様々な用途(Netbook、スマート TV、車載システムなど)に対応した「UX (User eXperience)」と呼ばれる「顔」を用意していたことが MeeGo の特徴です。
Nokia, intel 両者ともオープン化のあと「もう俺知らね」とソッポを向いたわけではなく、両社とも MeeGo プロジェクトの支持を表明し、実際 Nokia 社は 2010 年暮れに「MeeGo 搭載のスマートフォンの近日発売」を発表します。しかしその直後の 2011 年 2 月、Nokia 社は Microsoft Windows Phone の全面採用と MeeGo プロジェクトからの撤退を発表し、関係筋は「名門 Nokia の迷走」と揶揄しました。intel 社は 7 月の Intel Developpers Forum では「MeeGo プロジェクトは続ける」と発表したものの、僅か2ヶ月後の 9 月には前言撤回して撤退を表明、ここに MeeGo プロジェクトの命運は事実上尽きました。
MeeGo 搭載のスマートフォン Nokia N9 は 2011 年 9 月に発売されましたが、「最初から後継機種やアップデートの望みが無い新製品」というのはまるで茶番劇でした。本来ならば発売中止になるべき製品が、「重役がウソをついたわけではない」という既成事実を作るために販売されたような事情でもあったのでしょうか。
MeeGo はその後、旧 Nokia がらみの実装を切り捨てた完全オープンソースの「Mer」、そして Mer の商用版である「Sailfish(あるいは Jolla)」と名前を変えながら流転しますが、この系統が再び IT ニュースの表紙を飾ることはなさそうに思えます。
Tizen (2011-)
Mer/Sailfish とは別の流れに位置する MeeGo の末裔が Tizen です。原型は Samsung 社の Linux 携帯 OS「LiMo」に MeeGo の一部を取り込んだものとされており、Maemo / Moblin / MeeGo との共通点はあまり無いとも言われています(例えば Clutter GUI は使われていません)が、intel 社が MeeGo を捨てたあと Tizen プロジェクトの支持を表明したこともあって Mer や Sailfish より知名度は(多少)高い気がします。
Tizen は Tizen Association と呼ばれるオープングループによって推進されていますが、主な牽引役は Samsung 社です。しかしその Samsung 社ですらスマートフォン・タブレットの主力製品は Android であり、Tizen 採用(予定も含め)製品は 2014 年現在片手の指に余るほどしかありません。常に傍流にとどまり継子扱いという、Maemo 以来連綿と続いてきた携帯電話向け Linux の呪われた歴史が Tizen にも引き継がれてしまったような気がするのは私だけでしょうか。
Samsung 社は腕時計型の「スマートウォッチ」Galaxy Gear に Tizen を採用しており、これを受けて「ウェアラブル・コンピュータには Android より軽量な Tizen が主流となる?」と予測/期待する向きもあります。しかし軽量・高速な OS ならば非 Linux カーネルの RTOS (例えば Brackberry 10 に使われている QNX)もあるわけですし、今後 LSI 集積度やバッテリーの電力密度が上がってゆけば、ウェアラブル機で Android を動かしても全然問題なくなるかも知れないのです。ウェアラブルコンピュータの将来が不確定なのと同じくらい、今後 Tizen がどうなるか全くわかりません。
まとめ
iPhone・Android は華々しい成功の歴史ですが、その裏で消えていった製品・技術はかくも死屍累々の有様です。ハイ・リターンの巨大市場がいかにハイ・リスクであるかを改めて感じずにはいられません。よく「なぜ日本にはジョブスが出現しないのか」などと言われますが、iPhone も一歩間違っていれば黒歴史としてここに名を連ねていたかもしれないのです。
iPhone/iPad と KIN や TouchPad の明暗を分けたものは何だったのか、何が正しくて何が間違っていたのか、それについて考察することは良い他山の石になるかもしれません。