Wireless・のおと

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ワイヤレス・のおとメディア小論(1)

2014年11月18日 10:30
YS
本ブログは「Wireless・のおと」と題していますが、「Wireless」というのも考えてみれば不思議な言葉です。今回はこの「Wireless」という言葉を出発点として、メディアとコミュニケーションについての小話を何度かにわたってお届けしようと思います。

こんにち「Wireless(無線)」という言葉は「媒体(Medium)として電波を用いた非接触通信方式」と解釈されますが、考えてみれば「無線」という言葉に「電波を使う」という意味は含まれていません。実際 TV やエアコンの無線リモコンの多くは電波ならぬ赤外線を使っていますし、ごく初期の無線 TV リモコンには超音波を使ったものさえありました。「無線」という字面は「線が無い(Wire Less)」ことを示しているだけであり、これはつまり「線を使用する通信方式」=「有線通信」の対語です。
意外なようですが、無線通信の歴史は有線通信よりずっと古くに遡ります。たとえば会話は大気を媒体とした音声信号を使った無線通信ですし、身振り手振りは可視光を使った無線通信です。手紙は紙を媒体として何らかのキャリア(手渡し、伝書鳩、矢文など)で伝達する、やっぱり無線通信です。あえて「有線」といえば紐に手紙をぶら下げて渡すとか糸電話くらいのものです。
「有線・無線」を論じる以前に、まず電気信号を用いた通信とそれ以外の通信方式に分けた方が良いのでしょう。そして非電気通信の殆どは「線」を媒体に使わない(可視光、紙、大気)のであえて言えば「無線式」となり、電気通信では電線を用いる「有線方式」と電波(自由空間伝達電磁波)を用いる「無線方式」に分かれる、ということになります。


Telegraph to your soul

電気信号を用いた最初の実用的な通信システムは、1836 年サミュエル・モールスによって実用化された電信(Telegraph)でした。これは電気信号によって電磁石を駆動し信号の有無による断続音を発生させ、モールス符合(いわゆるトンツー)によって符号化した文字・数字を伝達するシステムです。
電信の特長はその高速な伝達速度でした。それまで最も速い情報伝達は可視光を使った方式(狼煙、手旗信号、発光信号)であり、なかでも腕木通信ネットワークでは 550Km 間を 8 分、実に 4000Km/h 相当の速度で情報伝達した記録を誇ります。しかし電線を流れる電気信号の速度は 30 万Km/h ですから文字通り桁が違います。しかも腕木通信は中継局で人間が情報を中継するため、距離が延びるほど・符号化速度を上げるほど間違う率が上がりますが、電気信号を機械的に中継する電信は信頼性も桁違いに高く、しかも中継局に人員を常駐させる必要もないため運用コストは桁違いに低いのです。腕木と異なり電信の局間接続は地平線や地形にほとんど左右されず、海底ケーブルによって大洋をまたいで大陸間を接続しリアルタイムで情報交換することさえも可能になりました。
電信はモールス符号を使うため、発信・受信ともに技能訓練が必要という問題を持っていました。これを解決したのが音声信号を電線で伝達する電話(Telephone)で、1876 年アレキサンダー・グラハム・ベルにより実用化されたとされています。電話の発明によりモールス符合の技能を持たない人も電気通信の恩恵を受けられるようになりましたが、電話は高価な精密機械であり、一般世帯に広く普及するのはだいぶ後の話になります。それまでは紙を介して通信士に送受信を依頼する電報(Telegram)が公共コミュニケーション手段として広く使われていました。こんにち実用通信手段としての電報はほぼ廃れており、冠婚葬祭の祝電や弔電という慣習にその名残を留めるだけになっています。

さて有線電信(後には電話)が発達普及しても、紙媒体を用いたコミュニケーション手段(新聞・書籍・手紙)が廃れたわけではありませんでした。これはすなわち、電信・電話は情報伝達速度に秀でてはいたものの、その情報密度では紙媒体に遥かに劣ったからに他なりません。また電信・電話は一過性のコミュニケーションで、情報の貯蔵・参照能力を殆ど欠いていたことも理由でしょう。情報密度については後に登場する TV が紙媒体を脅かしますが、情報の貯蔵・参照能力において紙媒体を脅かす電気通信方式はコンピュータネットワークの登場を待つ必要があります。


Radio GaGa
電波による無線電信が実用化されるのは有線電信より少し後の話で、1899 年グリエルモ・マルコーニが最初の商用サービスを開始しました。マルコーニは有線電信に代わる通信インフラの座を目論んだようですが、「配線敷設が要らない」という無線の特徴は「移動体通信(船舶通信)」という新たなアプリケーションを開拓する結果になりました。とりわけ 1912 年 4 月 14 日の客船タイタニック号沈没事故では、世界初の SOS が無線機から発信されたものの有効活用できなかったことが問題視され、無線情報を有効に活用するための規定や条約が整備されてゆくようになります。1920 年代までに船舶無線機は「あれば便利なもの」から「無ければ困るもの」になっていました。
一方、(モールス信号ではなく)音声を伝達可能な無線ラジオの発明は意外に早くて無線電信とほぼ同時期(1900 年、ランデル・デ・モーラによる)のですが、ラジオ局による音声放送が行われるのはだいぶ後(1920 年代、アメリカ)のことです。「原理は判っている」という話と、「ラジオ放送局を可能にする大出力発振器」や「一般市民が購入できる低価格・高信頼性のラジオ受信器」が実用化されるかどうかはまた別、ということでしょう。

これら初期の電波無線通信アプリケーションであるモールス無線とラジオ局が、それぞれ異なる理由で普及したのは興味深い点です。モールス無線は「線が必要ない=移動体通信に向く」という特長を活かし、船舶の通信手段として普及しました。一方のラジオ局は「線が必要ない=送信局さえ設営すれば個々の受信局への配線工事の必要がない」という特長を活かし、一方向のマスメディア(文字通りの「放送(Broadcast)」)として普及しました。モールス電信が原則として双方向通信なのに対し、ラジオで放送局→視聴者への片方向コミュニケーションであることも特徴です。送信器と受信器を組み合わせれば双方向通信可能なラジオ電話(トランシーバー)が作れることは原理は簡単ですが、これも実用品として成立するまでには時間を要しました。無線電話については後でまた触れます。

そしてモールスやラジオ局が普及してもやはり紙媒体は廃れませんでしたし、有線の電信・電話も長らく使われ続けました。紙媒体(新聞・書籍・手紙)の高情報密度および貯蔵・参照能力、有線通信(電話・電信・電報)の高速・高信頼性、無線通信のインフラ非依存性(ラジオ放送局)あるいは移動性(船舶・航空無線)がそれぞれの特徴を活かして住み分けていた格好です。


Video killed the radio star
紙媒体を脅かした最初の無線通信アプリケーションはテレビジョン(Television, TV)でした。実用的な電子式 TV 受像機は 1927 年フィロ・ワーンズワースによって発明されていますが、大規模な商用 TV 放送が開始されるのは第二次世界大戦後、1948 年以降のこととされています。日本では早くも 1953 年に NHK が TV 放送を開始し、プロレス試合を中継する街頭 TV の前に人だかりができたことなどが語り草になっています。TV 放送が始まってから 10 年も経たないうちにカラー TV が出現し、マスメディア伝達装置としての TV の地位をますます高めました。
TV は「動画」という全く新しい情報形態を伝達しました。もちろん TV 以前にも「映画」という動画メディアがありましたが、映画は動画情報の蓄積・再生システムであり「コミュニケーション手段」とは言い難いものでした。TV に近いものとしては映画館で上映される「ニュース映画」というジャンルがあり、特に戦争中は各国とも国家予算を注ぎ込んで国民の戦意高揚を煽るニュース映画を作っていましたが、これを「コミュニケーション手段」と呼ぶかどうかは微妙なところです。
TV のもたらす情報密度と即時性は画期的で、若い世代が活字を読まず TV ばかり見るために「一億総白痴」と呼ばれたり、TV を点けながらの生活が当たり前になった世代を「ながら族」と呼ぶなどの流行語を生みだしました。TV コマーシャルは最も重要かつ効果的な販売促進手法であると認識され、各メーカーは多額のコストをかけて TV コマーシャルを作成、視聴者にコマーシャルを見させるための手段としてスポンサー番組に出資するなど、多額の資金が TV を中心に流動する「TV 黄金時代」を築くことになります。

TV の普及によって紙媒体は「情報密度」という強みの一角を崩されましたが、「勝てなければ仲間になれ」とばかりに TV 情報誌や人気ドラマ・アニメの補足解説本など、TV にはない「情報の貯蔵・参照」能力を活かして共存を図り、それは一定の成功を収めていました。コンピュータネットワーク(インターネット)が登場して TV と紙媒体の両方に脅威を与えるまでは、の話ですが。

なお電信・電話が有線→無線の経緯を辿ったのに対し、TV が最初から無線電波による放送という配布形態を取っていたことには注目すべきでしょう。TV 局がラジオと同じ放送事業者によって運営されたため同じビジネスモデルが踏襲されたのでしょうが、音声ラジオより遥かに広い周波数帯域を占有する TV に大きな反対もなく周波数が割り当てられたのはちょっと不思議な気もします。今日の無線 LAN など、たかが 25mW 程度の出力で DFS だの TPC だの CCA だの規制がらめになっているというのに...。ブロードキャストメディアとしての TV 放送には、かつてのニュース映画のごとく国民の意識を操作できる可能性があり、それゆえに国家政府から優遇されていると見るのはひがみ(あるいは陰謀論の類)でしょうか?
なお有線 TV 放送であるケーブル TV が商業化されるのはずっと後の 1980 年代で、多様化する視聴者の嗜好に対して既存の周波数割り当て(チャンネル)が不足し、電波の規制に縛られない多チャンネル番組が望まれたことがその原動力になっています。


Angel in a cellphone
TV が最初から無線方式であったのに対し、電話は長らく有線通信方式であり続けました。これはラジオ・TV の放送が「1対多」「1方向」なのに対し、電話は「多対多」「双方向」であることと関係があります。1方向の放送ならば大出力の放送局を1箇所建設することで周辺数十キロの視聴者をカバーできますが、多対多・双方向の通信を行うためには各通話者が発信機を持つことになり、全員が同時に通話しようとすると限られた周波数があっという間に枯渇してしまうからです。
機械としての無線電話(Radio Transceiver)はもともと、軍用として実用化が促進された経緯があります(第一次大戦中の 1917 年、飛行機から地上への偵察情報伝達用に開発されもの)。携帯型の無線電話機もまた軍用として開発されました。オヤジ世代ならば往年の TV 戦争ドラマ「コンバット」で、ビック・モロー扮するサンダース軍曹が受話器を掴んで「チェックメイト、こちらキングツー、ホワイトロック応答せよ!」とか怒鳴っていたシーンを覚えておられるでしょう。これは 1940 年に実用化された米陸軍の SCR-300 野戦用携帯無線電話器で、大戦当時は「ウォーキー・トーキー(Walky Talky)」と渾名されていました。
二次大戦後になると無線電話は更に小型・低価格となり、ハム無線CB 無線など民間用の無線器も作られるようになります。しかしハムは免許制で利用者が限られましたし、無免許制の CB は通信距離を伸ばすための違法パワーアップが横行してまさに「限られた周波数が枯渇する」状況に陥り、信頼できる通信手段としては使い物にならない状態になっていました。

この状況を打破し、信頼できる無線電話を実現した革命的なアイデアが「セルフォン(Cell Phone)」でした(1973 年、マーティン・クーパー及びモトローラ社による)。それまでの無線電話器(軍用、航空船舶用、ハム/CB)は個々の無線端末器同士が直接通信していたため発信出力によって通信距離が制限され、しかし通信距離を延ばすために大出化すると周波数が独占されて他局が通話できなくなってしまう相克がありました。これに対しセルフォンはサービスエリア内に「セル局」と呼ばれる固定局を多数設置し、個々の無線端末器は手近なセル局と通信するだけでよく、あとはセル局間で通信を中継するというシステムです。すなわちセルフォンは「インフラ工事の必要がない」という無線通信の特長をあえて捨てることにより、端末に要求される能力(送信出力)を大幅に引き下げたところがキモでした。これによって従来は不可能だった多数の無線端末をセル局網に収容することが可能となり、小型・低価格になった無線電話が「ケータイ」として爆発的に普及したことは御存知の通りです。


まとめ
電信・電話・ラジオ・TVそして携帯と、有線・無線通信の歴史 150 年を駆け足に走り抜けてみました。Wikipedia で調べればわかる程度の事実を書き連ねているだけですが、「そのメディアがもたらした価値は何だったのか」という点に着目しながら情報形態(文字・音声・映像)と媒体(電線・電波)の組み合わせを調べると、今まで「当たり前」と思っていたことが実は当たり前ではなかったことが見えてくるのではないでしょうか。たとえば TV が出ても紙媒体は残ったのに何故こんにちインターネットの普及によって紙媒体が衰退の危機に直面しているのか、「情報伝達速度」「情報密度」と「情報の貯蔵・参照能力」という点から考えれば比較的理解しやすいのではないかと思います。
次回はコンピューターネットワークについて取り上げます。

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