Wireless・のおと
サイレックスの無線LAN 開発者が語る、無線技術についてや製品開発の秘話、技術者向け情報、新しく興味深い話題、サイレックスが提供するサービスや現状などの話題などを配信していきます。
Bluetoothのはなし(5)
今回は Bluetooth 編の締めくくりとして、WiFi と Bluetooth の共存問題について解説してみます。
WiFi(2.4GHz) と Bluetooth は同じ周波数帯域を使います。なので両者が同時に稼動すると干渉が発生することを避けられません。両者が同じ室内で稼動する程度であれば「ある程度」の干渉で済むのですが、携帯電話のように小型機器に WiFi と Bluetooth を実装するシステムでは深刻な影響が出ます。小型機器では実装面積が足りず WiFi と Bluetooth のアンテナが隣接することを避けがたい(場合によっては共用アンテナを使うこともある)ため、干渉の影響が桁違いに大きくなるためです。
同じ「2.4GHz ISM バンド」といっても、WiFi と Bluetooth は周波数の使い方が大きく異なります。図1に示すのは典型的な WiFi と Bluetooth の周波数スペクトラムですが、OFDM 方式の WiFi が固定されたチャンネルを埋め尽くして使う(この場合は ch=6, 中央周波数 2.437MHz, 占有周波数幅 22MHz)のに対し、FH 方式の Bluetooth は瞬間的に占有するスペクトラムは 1MHz だけで、これが約 80MHz 幅の範囲に割り当てられた 79 チャネルの間をランダムに飛びまわるという動作をします。
図1 WiFiとBLuetoothのスペクトラム
このため、WiFi と Bluetooth の電波が衝突すると
- WiFi から見た場合:チャネル内に Bluetooth の電波が入ると、一部のサブキャリアが崩れる。
- Bluetooth から見た場合:ホッピング通信しているなかで WiFi チャネルと衝突したフレームが消える。
という影響が出ます。電波の強さも両者で異なっており、一般的な WiFi システムが送信出力 15dBm(30mW) 前後なのに対し、Bluetooth Class2 は 4dBm (2.5mW) 以下です。つまり一般的には、WiFi と Bluetooth がぶつかると Bluetooth が負けることが多いのです。
WiFi と Bluetooth がぶつかると、WiFi はパケット損失を検出し送信レートを落とす(シンボル冗長度を上げ、変調精度を下げる)ため性能微減、Bluetooth は損失したパケットをタイムアウトで検出し再送する(このとき FH によって以前衝突したのとは違う周波数で再送される確率が高い)ので性能大減というような影響となって現われます。
(※註) シンボル冗長化や OFDM サブキャリアの変調については、次回からのシリーズで解説する予定です。
AFH
WiFi と Bluetooth の共存問題は両者が登場した 90 年代から問題視されており、Bluetooth 1.2 において干渉を軽減する技術 AFH が導入されました。AFH とは Adaptive Frequency Hopping の略で、Bluetooth パケット消失が頻発するチャネルを検出し、そこを使わないように「飛ばして使う」ようマスター・スレーブ間でネゴシエートすることで「WiFi の占有チャネルを回避したホッピングパターン」を適応的(Adaptive)に作りだすという技術です。いわば、喧嘩しても勝てない相手に道を譲るようなかたちですね。
図2 AFHによる周波数の住み分け例
AFH の動作は全自動で、何も設定する必要がありません。マスターとスレーブはお互いの情報を交換し、互いに AFH 対応であることを確認し、以降はマスターが音頭を取って AFH マスクを設定します。
AFH は Bluetooth と WiFi のアンテナ間にある程度のセパレーション(理想的には 40dB 以上)があればかなり有効に働きます。しかしアンテナセパレーションが低い場合、特に Bluetooth と WiFi でアンテナを共有する場合は、AFH で周波数を避けるだけでは回避しきれないパターンが生じます。
TX-RX 問題と PTA
無線システムにおいては、送信時と受信時の電力が桁違いに違います。WiFi システムであれば、送信電力 15dBm (30mW) に対し受信電力は -60dBm (1nW) 程度で、実に 7 桁もの違いがあります。当然、単一システム内(WiFi なら WiFi だけ)では受信と送信は交互に行い、決してパケット受信中に送信器を ON にするようなことはしないのですが、異種システム...例えば WiFi と Bluetooth は各々のタイミングで動いているので、Bluetooth の受信中に WiFi が送信しない、あるいはその逆が起きないことは保証できません。特に、前者のパターンでは大きな影響をもたらします。
図3 WiFi送信とBluetooth受信が同時に起こった場合の干渉例
「WiFi の占有周波数帯域は 22MHz」と書きましたが、マイナス dB までも含むレンジで見た場合、主搬送波の両側には大きな「裾野(サイドローブ)」が広がっています。アンテナセパレーションが 15dB 程度であれば、Bluetoot の受信器には WiFi 送信搬送波のピークが 0dBm 付近、裾野の高さは -70dBm 程度まで持ち上がった信号が入ってくることになり、占有周波数帯域外のチャネルでも Bluetooth の受信信号をほぼ完全にマスクしてしまいます。関係が逆の場合(WiFi の受信中に Bluetooth が送信する)だとここまで徹底的にマスクされはしませんが、受信エラーが多発するため変調レートを最低付近にまで落とさなければ通信できなくなります。しかし通信レートを落とすということは1パケット送信あたりの占有時間が増えるため、ますます Bluetooth との衝突機会は増大することになります。
こういった問題を回避するため、WiFi と Bluetooth システムに何らかの情報連携を行い、アンテナを「譲り合って」使うために開発されたのが PTA (Packet Traffic Arbitration) です。チップメーカー各社ごとに異なる実装がありますが、現在のところ 3-wire PTA と呼ばれる方式がもっとも広く利用されているようです。
図4 3-wire PTAプロトコル
3-wire PTA の動作を簡単に説明すると、まず基本的には WiFi システムがアンテナの主導権を持っています。Bluetooth は自分が送受信するタイミングの直前に BT_ACTIVE 信号を送り、もし WiFi が「今はダメだ」と判断したときは WLAN_ACTIVE 信号を返すことで Bluetooth を抑えます(逆に WLAN_ACTIVE を返さないときは、BT_ACTIVE が落ちるまで WiFi の送信を止めます)。BT_PRIORITY 信号は特に損失が許されないタイプのフレーム...周波数同期を司る FH フレームやリアルタイム音声を司る SCO フレームを通知するために使われます。
まとめ
短い内容でしたが、今回で一旦 Bluetooth の話は終わりにします。次回からは無線通信の基本原理について幾つかの話をしようと思います。
同じ「2.4GHz ISM バンド」といっても、WiFi と Bluetooth は周波数の使い方が大きく異なります。図1に示すのは典型的な WiFi と Bluetooth の周波数スペクトラムですが、OFDM 方式の WiFi が固定されたチャンネルを埋め尽くして使う(この場合は ch=6, 中央周波数 2.437MHz, 占有周波数幅 22MHz)のに対し、FH 方式の Bluetooth は瞬間的に占有するスペクトラムは 1MHz だけで、これが約 80MHz 幅の範囲に割り当てられた 79 チャネルの間をランダムに飛びまわるという動作をします。

このため、WiFi と Bluetooth の電波が衝突すると
- WiFi から見た場合:チャネル内に Bluetooth の電波が入ると、一部のサブキャリアが崩れる。
- Bluetooth から見た場合:ホッピング通信しているなかで WiFi チャネルと衝突したフレームが消える。
という影響が出ます。電波の強さも両者で異なっており、一般的な WiFi システムが送信出力 15dBm(30mW) 前後なのに対し、Bluetooth Class2 は 4dBm (2.5mW) 以下です。つまり一般的には、WiFi と Bluetooth がぶつかると Bluetooth が負けることが多いのです。
WiFi と Bluetooth がぶつかると、WiFi はパケット損失を検出し送信レートを落とす(シンボル冗長度を上げ、変調精度を下げる)ため性能微減、Bluetooth は損失したパケットをタイムアウトで検出し再送する(このとき FH によって以前衝突したのとは違う周波数で再送される確率が高い)ので性能大減というような影響となって現われます。
(※註) シンボル冗長化や OFDM サブキャリアの変調については、次回からのシリーズで解説する予定です。
AFH
WiFi と Bluetooth の共存問題は両者が登場した 90 年代から問題視されており、Bluetooth 1.2 において干渉を軽減する技術 AFH が導入されました。AFH とは Adaptive Frequency Hopping の略で、Bluetooth パケット消失が頻発するチャネルを検出し、そこを使わないように「飛ばして使う」ようマスター・スレーブ間でネゴシエートすることで「WiFi の占有チャネルを回避したホッピングパターン」を適応的(Adaptive)に作りだすという技術です。いわば、喧嘩しても勝てない相手に道を譲るようなかたちですね。

AFH の動作は全自動で、何も設定する必要がありません。マスターとスレーブはお互いの情報を交換し、互いに AFH 対応であることを確認し、以降はマスターが音頭を取って AFH マスクを設定します。
AFH は Bluetooth と WiFi のアンテナ間にある程度のセパレーション(理想的には 40dB 以上)があればかなり有効に働きます。しかしアンテナセパレーションが低い場合、特に Bluetooth と WiFi でアンテナを共有する場合は、AFH で周波数を避けるだけでは回避しきれないパターンが生じます。
TX-RX 問題と PTA
無線システムにおいては、送信時と受信時の電力が桁違いに違います。WiFi システムであれば、送信電力 15dBm (30mW) に対し受信電力は -60dBm (1nW) 程度で、実に 7 桁もの違いがあります。当然、単一システム内(WiFi なら WiFi だけ)では受信と送信は交互に行い、決してパケット受信中に送信器を ON にするようなことはしないのですが、異種システム...例えば WiFi と Bluetooth は各々のタイミングで動いているので、Bluetooth の受信中に WiFi が送信しない、あるいはその逆が起きないことは保証できません。特に、前者のパターンでは大きな影響をもたらします。

こういった問題を回避するため、WiFi と Bluetooth システムに何らかの情報連携を行い、アンテナを「譲り合って」使うために開発されたのが PTA (Packet Traffic Arbitration) です。チップメーカー各社ごとに異なる実装がありますが、現在のところ 3-wire PTA と呼ばれる方式がもっとも広く利用されているようです。

まとめ
短い内容でしたが、今回で一旦 Bluetooth の話は終わりにします。次回からは無線通信の基本原理について幾つかの話をしようと思います。