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UWB とは何だったのか(4)

2012年8月23日 09:30
YS
三回にわたって UWB にまつわる昔話を続けてきましたが、せっかくシャノン=ハートレイの情報伝達公式が出てきたことなので、ここで少し数式を弄って遊んでみたいと思います。

シャノン公式とフリス公式を合わせてみると

シャノン=ハートレイの情報伝達公式は式(1)に示す形をしていますが、これを変形すると与えられた情報量 C(bit/sec) と帯域 B(Hz) から必要な S/N 比を算出する式(2)が導き出せます。

shanon.jpg式(1) シャノンの情報公式(基礎形)

shanon2.jpg式(2) シャノンの情報公式(S/Nを左辺に変形)

さてここで、以前「無線 LAN と通信距離」のシリーズで登場したフリスの公式に登場して貰います。フリス公式を変形して距離を左辺に置いたものが式(3)ですが、
friis10.jpg式(3) フリスの伝達公式(距離を左辺に変形)

ここで許容伝達損失LP(dB)の項にシャノン公式から値を代入することができます。すなわち SNR を dB で表わすと受信信号レベル S(dBm) から背景ノイズレベル N(dBm) を引いた値となり、S は送信出力 TxP(dBm)から伝達損失 LP(dB) を引いたものですから

lp-snr.jpg式(4)TxP,SNRからLPの算出

が成り立ちます。式(4)のSNRに式(2)から導出された値を代入し、ここで導出された許容伝達損失LPを式(3)に代入すれば、波長λ・空間伝達係数 n・情報量 C・帯域 B・送信出力 TxP・背景ノイズレベル N の6つのパラメータで理論上の通信限界距離が算出できることになります。


各種無線規格にあてはめてみる

式(3)および(4)を元にワークシートを作り、UWB も含めた各種無線規格の値をあてはめてみたのが表(1)になります。空間伝達係数は障害物の多い室内を想定して厳しめの 3.0、ノイズレベルは一律 -90dBm と仮定しており、またアンテナ利得なども計算に含めていません。シャノン公式もフリス公式もあくまで「理論上の限界値」を示すもので、実際の製品性能を示すものではありませんから、あくまで「桁外れではない程度」という目安として見てください。

表(1)フリス公式とシャノン公式から試算した理論上伝達距離
Radio Frequency
(MHz)
Bit Rate
(Mbps)
Bandwidth
(MHz)
TxPower
(mW)
Distance
(m)
UWB4.94805000.0410.0
BT BDR2.4112.562.8
BT EDR2.4312.532.8
Zigbee2.40.250.5164.0
802.11b2.4112025175
802.11g2.454202576.6
802.11n2.475202558.3
802.11a5.254202545.8
802.11n5.275202534.8
802.11ac5.2500802519.1
802.11ad601000500108.08

こうして見ると、UWB は「理論上は」10m で 480Mbps を達成できる筈だったことがわかります。MB-OFDM UWB の製品規格として「5m で 480Mbps」としたのは余裕を見込んでのことだったのでしょうか。Bluetooth のClass-2 BDR(Basic Data Rate) はカタログ上 10m となっていますが、この試算では 60m くらいまで届きそうな計算結果が出ています。逆に 1mW の出力で 100m 以上をカバーできるとされている Zigbee は、この試算では Bluetooth と同程度の 60m  前後という結果が出ています。繰り返しますが、これはあくまで理論上の試算値であり、実際の無線製品の性能 を示唆するものではないことに注意してください。

WiFi 無線 LAN は 802.11b で 175m、11g が 77m、11a で 46m と、実際の使用感よりやや長めの距離が算出されています。話題の「ギガ無線 LAN」802.11ac と 802.11ad の試算も並べてみましたが、11ac は2ストリーム 1Gbps として 500Mbps / 80MHz のモードでも理論距離 19m、11ad は 500MHz 帯域シングルストリーム 1Gbps 伝送として理論距離 10m と、どちらもかなり厳しそうな値が出ています。いくら理論上の値だとはいえ、製品としての実用性が少々気になる数字です。

今まで何度も繰り返してきたように、無線通信システムにおいて伝達距離と情報密度は根源的に相反する関係にあり、距離性能を維持したまま情報密度を上げることは容易ではありません。11b→11gにおいては OFDM 変調(周波数利用効率の向上)、11g→11nにおいては MIMO(マルチパスを逆手に取った伝達効率の向上)という改良を重ねてきましたが、果たして 11ac/11ad は UWB が追い求め、そして遂に実現できなかった「超高速無線」という市場の新天地を開くことができるのでしょうか。個人的には、よほどの事情がない限り「超高速の情報伝送」は有線接続で行うほうが安価・確実であり、無線で無闇に伝送速度を求めるのは不健全だという(無線LAN開発エンジニアにあるまじき)考えを持っているのですが、「もしかして?ひょっとすると?!」のブレイクスルーに注目したいところです。

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