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Wireless・のおと

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WPAN のはなし

2013年1月29日 10:00
YS
Bluetooth の話が一段落したところで、今回は少し PAN (Personal Area Network) についての話をしたいと思います。

PAN とは何か
PAN とは Personal Area Network の略とされ、無線 PAN を特に WPAN(Wireless Personal Area Network) と呼んだりもします。しかし LAN と PAN は何が違うのでしょうか?一般的には、LAN がビル1軒や1フロアをまるごと、複数ユーザーが使う多数(数十~数千台)の機器を相互接続するネットワークであるのに対し、PAN は部屋1つとか机1つくらいの範囲で、一人のユーザーが複数(せいぜい十数台)の機器を接続するためのネットワークとされています。とはいえ LAN と PAN の境界線は非常に曖昧で、技術的に隔絶した境界があるわけではありません。
あえて PAN を特徴づけるなら、LAN 用機材にくらべシンプルで低価格、設定運用が容易でアドホックな機動的運用に優れる性格を持つ(というより、そういう性格が求められる)ことになるでしょう。とはいえ、もともと LAN 用だった機材が普及して安価になったため、実質的に PAN として使われている例も少なくありません。その代表例は 100BASE イーサネットと WiFi 無線 LAN でしょう。

イーサネットも昔の 10BASE-5 は水道のホースみたいにゴツい同軸ケーブルに専用工具で穴を穿ってトランシーバーをネジ留めし、これまたゴツい 15 ピンの AUI ケーブルで本体と接続するという、およそ個人使用に向いた代物ではありませんでした。その頃は PhoneNet だとか StarLAN だとか LocalTalk だとか「我こそは個人・家庭向きの簡単安価なネットワークなり」を歌う製品が群雄割拠していましたが、しかし使い勝手の良い 10BASE-T が登場して価格が下がると、これらの「LAN もどき」製品群はあっという間に消えてしまいました。有線インターフェースで今も残っている「PAN らしきもの」は USB や HDMI ですが、どちらかというと特定機能に特化したインターフェースで、これを PAN と呼んで良いものかどうか疑問が残ります(しかも HDMI1.4 では 100BASE が相乗りですし)。PAN になり得た有線汎用インターフェースにはシリアル SCSI (IEEE1394) がありましたが、結局広く活用されないまま静かに消え去ろうとしています。


WPAN の現状
一方、無線の事情は有線より少々複雑です。「WPAN」という言葉は 90 年代に現われ、2000 年前後に注目を集め、百花繚乱の製品・アーキテクチャが登場しました。その後 WiFi の爆発的な普及と低価格化によって一時期の WPAN ブームは影をひそめましたが、しかしまだ WiFi の一人勝ちと決まったわけでもありません。
この連載でも何度か述べてきましたが、WiFi の問題はアクセスポイントを必要とすることです。部屋のなかでノートパソコンやスマートフォンを持って動きまわる程度の「機動性」ならこれでも良いのですが、出先で知人の PC にデータを無線転送したい、というような場合には困ります。アドホックモードが使えないわけではないのですが、速くもなければセキュリティも低く、互換性に支障をきたすことも多いアドホックモードはあまり便利なものではありません。これに対処するため、WiFi Alliance は WiFi Direct を普及させようとしていることも何度か述べてきました。

おそらく最も古い WPAN は赤外線を使う IrDA でしょう。電波を使わないので適合認定試験を受ける必要もなく、数百円程度の原価で数 Mbps の速度が得られるという、それだけ聞けば理想的な PAN のソリューションになるはずでした。しかし実際に使ってみると凄まじく不安定で、同じ機械同士でも条件によってつながったりつながらなかったり、つながってもファイル転送中に突然ダンマリになってしまうなど、殆ど使い物になりませんでした。かつてのノートパソコンには大抵 IrDA 赤外線ポートが付いていましたが、現在ではほとんど見られなくなったことがその不評ぶりを無言のうちに語っています。

Bluetooth は今日、もっとも「WPAN」という用語にあてはまる使われ方をしている技術です。すなわち、個人が手の届く程度の範囲でノートパソコンやスマートフォンにヘッドセット・スピーカー・マウス・キーボードなどを接続する用途に使われています。しかし上に述べた「出先で知人の PC にデータを無線転送」というような用途にはあまり使われていません。FTP(ファイル転送プロファイル) とか OBEX(オブジェクト交換プロファイル)といった機能は定義され実装されてはいるのですが(※註)、Bluetooth の速度(EDR でも 3Mbps)が WiFi のアドホックモード(11Mbps)以上に遅いことが理由の一つです。これに対処するため、Bluetooth SIG では Bluetooth 3.0+HS 規格を作ったことも以前に述べました。

(※註)ただし、スマートフォンにおいて大シェアを占める某有名機種は Bluetooth FTP をサポートしていません。これも FTP が広く使われていない理由の一つかも知れません。

近距離限定で超高速ということで WPAN の本命と期待された UWB(Ultra Wide Band) 無線や、UWB の(崩壊した)母体だった IEEE802.15.3 の顛末についても以前に紹介しました。「IEEE802.15」は無線 PAN に関する標準規格であり、2013 年 1 月現在 802.15.1~802.15.7 までが提案されています。

802.15.1 Bluetooth に関する標準化委員会。活動終了(Bluetooth SIG に移管)。
802.15.2 WLAN(802.11=WiFi)と WPAN 共存に関する研究。活動停止中。
802.15.3 2.4GHz OFDM を使った 54Mbps WPAN 規格と、その高速化(UWB)。活動終了。
802.15.4 低速・超低消費電力 WPAN。Zigbee の基底技術。最も活発に活動中。
802.15.5 メッシュ技術を応用した WPAN。細々と活動中。
802.15.6 身体ネットワーク(BAN)の標準化。細々と活動中。
802.15.7 可視光ネットワーク(VLC)の標準化。細々と活動中。

...何だか死屍累々といった有様ですね。メッシュにせよ BAN にせよ VLC にせよ、騒がれていた頃にはワーッとメンバーが集まって毎月のように会合が持たれていたのに、1~2年もすると段々と低調化していって、遂には開店休業状態になる...というパターンを繰り返しているような気がします。
このなかで最も活発な 802.15.4 については、無線通信部分(802.15.4)とプロトコルやプロファイルの標準化(Zigbee)が切り離されているので、独自仕様の無線にも使えるという話も以前に紹介しました。802.15 にリストアップされたなかでは Bluetooth に次ぐ市場シェアを持つ Zigbee(802.15) ですが、その市場規模は WiFi, Bluetooth に比べるとまだまだ小さなものです。メインターゲットとした照明・空調・窓開閉センサー制御の分野ですら浸透できていません。


From bottom of the world
802.15 委員会の様相を見ると何だかパッとしない印象の WPAN ですが、WPAN をうたった技術は IEEE の外側にも沢山あります。コンシューマ向けの Z-Wave や ANT+ については以前に紹介しましたが、今回はまた別の切り口から紹介してみたいと思います。

EnOcean
2001 年頃ドイツの EnOcean GmbH によって開発された技術で、ISO/IEC 14543-3-10 として標準化されています。868.3MHz と 315MHz という低い周波数を使い、超低消費電力のため自己エネルギー収集型(Energy Harvesting)のセンサーネットワークに向くという触れ込みです。

MyriaNed
2009 年頃オランダの DevLab によって開発された技術で、生体内の化学情報伝達および社会構造内の「噂話(Gossip)」の拡散から着想したという「ランダムブロードキャスト・メッシュ」というユニークなアルゴリズムが使われています。超高信頼性 WPAN が構築できるとしており、同社では自転車のブレーキを MyriaNed で無線化したデモを行ったようですが...個人的には乗りたくありません。

DASH7
2009 年頃、アメリカ国防総省(DoD)の要請により Savi 社(ロッキードマーチンの子会社)で開発されたセンサーネットワーク向けの技術で、RFID 用の ISO/IEC 18000-7 標準(この末尾 -7 から DASH7 の呼称が生まれたようです)をもとに拡張した無線ネットワーク技術です。443MHz の周波数を使い、低消費電力で長距離を伝達できるとしています。標準化団体 DASH7 Alliance も組織されていますが、発起人の Savi 社は 2011 年に DASH7 Alliance を脱退しています。

WirelessHART
2007 年頃に HART Communications Foundation によって開発された技術で、IEC 62591 として標準化されています。もともと自動産業機械を接続する HART(Highway Addressable Remote Transducer Protocol)という有線インターフェースを無線化したもので、基底技術には DUST Network の無線メッシュが使われています。周波数は 2.4GHz ですが、(Bluetooth と似た)時刻同期型のホッピングによって選択性フェージングやチャネル干渉の影響を最小化できるとしています。

Insteon
2009 年頃に SmartLabs, Inc. によって開発された技術で、家庭用の照明・空調制御用として長く使われてきた X-10 電力線ネットワークの無線版として開発されたものです。電力線ネットワークと 900MHz 帯無線の両方を使用して有線・無線混在のメッシュネットワークを構築し、電力線部分については X-10 との互換性を持つことで(Zigbee が成功していない)家庭用電力制御への浸透を狙っているようです。

Wavenis
2000 年頃に Coronis 社によって開発された技術で、現在では Wavenis Open Standard Alliance によるオープンスタンダードとされています。サブギガヘルツ(433MHz, 868MHz, 915MHz)を使い超低消費電力でメッシュを含む複数のトポロジーモデルをサポートする、とされています。

WPAN というより無線センサーネットワーク総覧みたいになりましたが、ドングリの背比べというか、「サブギガヘルツ」「メッシュ」「低レイテンシ」「高信頼性」「超低消費電力」「低価格」「ISO/IEC 標準」など、似たような言葉の組み合わせ違いを見ているような気がしてきます。サブギガやメッシュがそんなに良いものなら、何故世の中にもっと浸透していないのだろうとも思いますが、それに対しては「まだ新しい技術なので業界が適応するのに時間がかかる」「数年以内に爆発的に普及する」というような説明が(例えば DASH7 の紹介ビデオに)見られます。しかし「超低消費電力無線メッシュ」の先駆け Zigbee は登場から 10 年経ってまだ「爆発的普及」を夢見続けているんだけどなぁ、と皮肉な気持ちになるのは、私の頭が少々固いのでしょうか?

なおソニーの TransferJet やフィリップスの NFC も「低出力」「近距離無線」の一種ですが、基本的に 1:1 での通信を前提としており、「ネットワーク」という概念からだいぶ遠ざかるので、今回は「WPAN」からは外して考えています。


Stealth Threats
冒頭に述べたように、現在の WPAN は「出先で知人の PC にデータを無線転送」という用途を殆ど満たせていないわけですが、それなのに「あぁ無線 PAN が無くてデータが転送できない、不便だなぁ」と悩んだ記憶がないのは何故でしょう?(※註)考えるまでもなく、そういった用途は USB フラッシュメモリで賄っているからです。USB メモリは下手な無線 LAN などより遥かに高速で、お年寄りや子供でも判るほど使い方が簡単なうえ、その価格容量比は下がる一方です。もちろん、業務機密やプライバシーデータの入った USB メモリを紛失したり、重要データの入った USB メモリをズボンと一緒に洗濯したりなどの事故が起きて真っ青になることもしばしばですが、そのリスクが USB メモリから WPAN への移行を促す社会的圧力になるまで増大しているという感触はありません(企業・官公庁における USB メモリの持ち込み・持ち出し規制は高まっていますが)。
技術者としての観点から見れば USB メモリの手渡しなんて泥臭いにもほどがありますが、「無線データ転送」の一種には違いありません。技術的に高度で洗練された製品よりも、単純でわかりやすい製品のほうが成功する例の一つとして肝に銘じるべきかもしれません。

(※註)ちなみに私は USB 登場以前のパームトップ PC でファイル転送に苦労した体験があります。せっかく付いている IrDA を活用しようと四苦八苦した挙句に「こりゃダメだ使い物にならん」と投げ出したのもこの時です。

さて最近の超薄型ノート(Ultrabook)は薄型化のため USB ポートは最小限しか付いておらず、スマートフォンやスマートパッドに至ってはそもそも USB ポートなんか付いていない、付いていてもファイル転送には使えない機種も珍しくなくなってきました。ならばいよいよ WPAN の出番か?!...と思ったら、ここでも別のステルス脅威が登場しています。本来であれば WPAN と補完し合うはずの WLAN/WWAN が WPAN の競合になっているのです。

この数年、野火のような勢いで LTE や WiMax による数十 Mbps の高速広域無線データサービス網が拡充され、町中のホットスポットでは 802.11g や 11n のアップリンクが提供されています。そしてインターネット上にはギガバイト単位ののクラウドストレージが(往々にして無料で)用意され、スマートフォンにもクラウド連携のデータ交換機能が標準で搭載されています。別に隣同士の機械だからといって直接通信する必要はなく、クラウドサーバを経由してデータ交換すれば用は足せてしまうし、メーカーもキャリアもむしろそういう使い方を推奨するかたちで製品を作っています。
しかし、かつてのインターネットの黎明期に「物理的ホップ数の少ないミラーを探してダウンロードしろ」「急ぎじゃないメールはローカルサーバに貯めて回線の空く夜中に cron で転送」「メール返信から不要な引用文は消せ」などの「ネチケット」を教えられた身にとっては、1m も離れていない機器同士が基地局を通ってネット回線をくぐりデータセンターに入って、またぐるりと同じパスで戻って大容量データを交換するなんて無駄としか思えません。

...これはもう技術論じゃなくて、ビジネスモデル論になっちゃうんですね。メーカーあるいはキャリアがどこでお金を儲けるかという話です。特にキャリアにとっては、1台売れたらそれっきりの端末価格なんか半分どうでも良くて、ユーザーが回線を長時間、大容量使ってくれることが収益の源泉です。だからこそクラウドストレージを一生懸命推してくるわけですし、回線使用機会を減じる USB や WPAN はむしろ彼等にとって百害あって一利のないもの(ユーザーがその機能の付いていない端末購入を見送るほど重要なアイテムでなければ)なのかも知れません。


まとめ
以前に「家庭用ネットワークは業界の見果てぬ夢」と書きましたが、無線 PAN もまた逃げ水のような幻影なのかも知れません。機器同士を隣に持って来るだけでデータ転送できる安価で簡易な(そしてできる限り高速な)無線があれば便利だろうな、というのは誰でも思うことでしょうが、セキュリティに対する考慮だとか既存無線との干渉だとかを考え出すと「安価」でも「簡易」でもなくなって既存の無線 LAN(WiFi)に似てしまい、製品としての成立が難しくなります。WiFi は仕様的に複雑で回路規模が大きく消費電力も(同世代の半導体技術で製造するならば)大きいのですが、なんせ圧倒的な数量が流れており最新鋭の半導体プロセスで製造されているので、小ロットしか流れない無線方式が WiFi と同じ土俵で戦うのは非常に難しいと思います。Bluetooth ですら独自の高速無線を諦めて WiFi を間借りする PAL/AMP を採用したのですから...。

今回は WPAN の用途として「出先で知人の PC にデータを無線転送」を挙げましたが、ひょっとすると「データ」を「転送」するという概念じたいが過去のパラダイムになりつつあるのかも知れません。例えば、ブログや SNS の過去ログを全て自分の HDD にバックアップしている人はごく少数(まずいない)でしょう。Twitter みたいに言いたい放題の発言が流れて消えてゆくような SNS でも、有用と思われた発言は誰かが Togetter でまとめたりしていますが、それもまたネット上の出来事です。該当記事を他人に紹介するにはリンクを一つ示すだけでよく、ファイルを丸ごと転送する必要はありません。写真(Picasa, Yfrog)や動画(Youtube, ニコニコ動画)も似たようなものです。
評論家みたいにクラウド万歳のネット万能論を唱える気はありませんが(私はどちらかというと保守的で古い行動の人間で、この記事も PC のテキストエディタで打ったあとまとめてアップロードしています)、コンピュータと...ひいては情報と人の関わり方は確かに変わりつつあると実感します。ならば、10 年前に流行した「PAN」という概念は(ユビキタスやクラウドの実用化によって)用済みになりつつあるのでしょうか。それとも、全く新しいユースケースやパラダイムで再び「小規模・簡易な高機動・超低消費電力の無線ネットワーク=WPAN」が脚光を浴びることになるのでしょうか?

私個人としては(これも何度か言っていますが)、Bluetooth LE に代表される「スマートガジェット」という考え方に魅力を感じています。とりあえず検索して接続して通信できる枠組みさえ提供すれば、あとは幾らでも面白い使い方が生まれてくるのではないかと。ただ、その「面白い使い方」がビジネスになるのか...何処から利益を得るのかも考えなければならないのですが(キャリア屋さんみたいに、パケットあたり幾らの収益になれば話は簡単なんですけどねぇ)、「儲かるか、儲からないか」だけしか考えないというもの技術屋として不健全な姿だとも思うのです。

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